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未来に行きたい! 「エレクトロ・ワールド」紹介にかこつけて妄想してみる

この道を走り進み進み進み続けた
地図に書いてあるはずの町が見当たらない
振り返るとそこに見えていた景色が消えた
この世界僕が最後で最後最後だ
エレクトロ・ワールド


エレクトロ・ワールドエレクトロ・ワールド
(2006/06/28)
Perfume

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エーレクト~ワーーーーーーーーーーーーッ!!

…というわけでめずらしく曲紹介です。女性3人ユニットPerfumeの曲「エレクトロ・ワールド」。最近のJPOPとは一線を隔すYMOや小室系のナンバー(テクノポップというらしい)。このピコピコ感が気持ちいい。プロデュースはこのジャンルでは有名なcapsuleの中田ヤスタカ。ああ、なるほど納得という感じ。

デジタル感バリバリのテクノながら、歌い手の3人がアイドル的な要素も持ち併せているため、ほどよく甘い曲調に仕上がっています。なんか未来的なんだけど懐かしいような、優しい感じ。

(以下脱線)
――聞いてて思ったんだけど、最近みんな「未来」って言わなくなったよね。21世紀になっちゃったから、「今が未来だ」っていうのもあるかも知れないけど…。なんかみんな先のことなんて考えなくなっちゃった気がするんだ。というか、
「楽しい未来なんて来るわけねぇよ、ケッ!」
と社会全体が先行きに絶望している気がする。将来の話で出てくるのは、高齢化とか、年金問題とか、格差社会とか、中国脅威論(=日本滅亡論)とか……。いいとこ環境問題か。でも環境問題だって褒められた話じゃない。視点は大事だけれども。
なんなんだろうこの閉塞感は。

別に、未来が来ないと思っている人はいないと思う。僕たちの文明は、今でも様々な空想を現実のものにし続けている。
携帯電話、インターネット、電子マネー、iPod、薄型液晶テレビ、超高層ビルetc...。
ただ、想像していた未来とは何か違っていた。それはなぜなのかと考えれば、たぶん、僕たち自体がほとんど変わっていないせいなのだ。自分の利益を守ろうとするあまり、旧い制度や国家の枠組みに閉じこもり、自分の利権を侵食させることを極端に恐れる。解雇を恐れ、年金を恐れ、理解できないイスラム教を恐れ、資本主義を恐れる。
結局僕たちはまだ、コスモポリタンにはなりきれていない。

僕自身は83年生まれなのでイメージでしか語れないけど、細かい流れはともかく戦後から80年代までは未来に対する志があったんだと思う。それは資本主義VS社会主義という国家レベルの社会実験から、アポロ計画、モダニズム、ポストモダン、大阪万博、東京タワー、ニュータウン、果ては3種の神器まで。俗っぽく言えば世界中がSFブームだったわけだ。でもそのブームは最終的に、日本でいえば「ナウシカ」や「AKIRA」みたいなディストピアを描き出して終わる。現実世界でもソ連が崩壊し、独り勝ちになったアメリカも高度成長した日本に買い叩かれ、その日本はバブルが崩壊して、最後の理想化運動だったオウムはテロ活動で止めを刺され、終わりなき日常が蔓延する。自由になったアメリカも、その傲慢さの皺寄せから9.11で粛清された。

98年の映画「アルマゲドン」を見ていても感じたのだけど、どんなに美しく飾り立てたとしても、アメリカ型自由経済=SF共同幻想は終わったのだと思う。もう、あれは過去の話なのだ。
「オレ、宇宙に行きたいんだ!」
と叫ぶ少年はもう、きっといない。

その後世界を覆ったのは、軋み始めた社会の中で、とにかく自分の利益だけは確保しようとする偏狭なネオリベラリズムだった。それは、日本においては小泉内閣の「痛みを伴う構造改革」、経済主導、小さな政府、富める者がますます太る社会構造、格差社会、アメリカ追従路線として表れてくる。(注:このへん詳しくないので間違っているかも)
それの描くビジョンには、共同幻想的な甘えは無い。ただ、とても世知辛い。
勝ち組とか、ブランドとか、セレブとかヒルズ族とか、夢が小さい。つまらなくはないけど、
「宇宙に行きたいんだ!」
に比べるとどうしようもなくショボい!小っさい!!そこには理想もクソも無い。ただ世知辛い“現実”しかない。
いまの社会は、未来の夢をおおっぴらに語ることが憚られるようになったんだ、と思う。
僕自身はニートの引きこもりだけど、
地球人自体もこの星に引きこもっているのかも知れない...。

こうした社会状況への反動として、夢を描けなくなった子供たちのために、それでも何とか夢を与えようとする「セカイ系」というジャンルがサブカルチャーの中で台頭してくる。これはこのどうしようもない「世界」には完璧に背を向けて、ひたすら自分の内面の「セカイ」を掘り下げてゆくことで、一気に「セカイ」=「世界」を革命してやろう、とするストーリーの物語群だ。(例えば「つまらない毎日」→「彼女が出来て世界はバラ色」)これは要するに「悟りの境地」の劇画的表現なのだけど、結局は独りよがりで、この世知辛い現実に対してあまりにも無力なことを作り手自身も痛感しているからか、全体的にとてもはかなげなイメージを持っている。そう、ちょうどこの「エレクトロ・ワールド」の曲のように。つまりこの曲の世界観は「セカイ系」なのだと僕は思う。「セカイ系」はSFの直系の子孫とされる。だから、この曲もかつての郷愁ではなく21世紀的なんだ。
この曲に詰まっているのは、きっとそういう“輝ける未来”への憧憬と、たどり着いた“今ここにある未来”への寂しさなんじゃないかと思う。かなり我が入った意見だと思うけど。

余談だけど、僕が卒業設計で最初に考えたテーマは宇宙ステーションだった。
僕は大真面目だったけど、みんなは遠い目で僕を見た。
結局、真面目に研究してる人がほとんどおらず、先の見通しが立たずに僕は挫折した。

次は首都機能移転だった。
苦しい設定だったので、大地震で東京を潰そうとした。
でも、それくらいでは都庁は崩れないとわかった。
核を使おうかと思ったが、シャレにならないのでやめた。
2007年現在、国会審議は事実上凍結している。

結局、僕が取り組んだのは、人はどうすれば自分の生きたい世界に生きられるか、ということだった。夢ぐらい自由に見させてくれ、という思いだった。

また別の話。
2006年にホリエモンが逮捕されるちょっと前、彼が買収戦略との絡みで今後の展望を聞かれたことがあった。そのとき、たしかこう言ったように思う。
「宇宙に行きたい」
大半の人は「狂った」とか「こいつマジバカwww」と思っただろうけど、今にして思うと、ろくな展望は無かったにしろ、少なくとも彼は未来志向な人間だったのだ。「今やれ!すぐやれ!」と喚いていた彼は間違いなくネオリベ側の人間なのだけど、でも僕はただこの1点において、彼を嫌いになれない。

最後に、僕がこの曲を知ったのは、例によってニコニコ動画のアイマスMADからだった。前回のは電波ソングだったけど、この動画は正統派にいい。曲のテンポを遅くして、よりはかなさを感じられる仕上がりになっている。というわけで、締めの挨拶。

OH YEH ELECTRO_WORLD!


  1. 2007/07/08(日) 04:31:51|
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