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成長しない少女漫画。感動しかない二次創作。

前の記事で「少女漫画には明確なアティテュードが無い」と書きましたが、これは女性性に起因してるのかなと思いました。

たとえばジャンプ漫画のような古典的な少年漫画は「友情・努力・勝利」があれば夢は叶う、あるいはオタク系のセカイ系や決断主義はそれぞれ「恋愛関係を神聖視する」「島宇宙化を引き受けたうえで戦う」というわかりやすい物語構造がありました。これに対して少女漫画にはそのような分かりやすいストーリーは無く、ただひたすら恋愛に絡んだ人間関係があるのみです。

これはある意味では、少女漫画では「成長が描かれない」ということなのかなと感じました。たとえば『君に届け』での爽子と風早の恋愛関係は爽子の成長物語のように見えますが、実際には風早が好きなのは爽子の純朴なところであり、その意味で爽子は打算的な性格になったりはせず、開始時からまったく変化していません。また『放浪息子』でも、二鳥くんと周囲の人間関係は年を経て変化していきますが、彼の性格は相変わらずであり、性倒錯に関しての明確な答えもいまだ定まっていません。

少年漫画では、主人公は開始時の状態からさまざまな経験を経て成長してくことが定番となっていますが(実際持ち込みでそういう指導を受けたことがある)、少女漫画ではそれはかならずしも自明ではない。そもそも少女漫画のテーマである関係性において、それが上手くいったからといってロールモデルが抽出できるわけではないし、人間的に成長したとも言えない気がします。

これを一般化すると、要するに「社会はこうなっている」と考える男性と、「私はこう思う」と考える女性の違いなのかなと感じます。男性は社会の流れをあれこれ理屈づけて構造化し、それにうまく自分を合わせようとしますが、女性はそうは考えず、自分の気持ちを基準にして周囲の人間関係を相対化し、その中で生きやすいように振舞っているように感じます。したがって男性は理想に自分を近づけるという形なので成長モデルですが、女性はあくまで自分の価値観を中心として考えるので関係性モデルなわけです(Twitterでも男性の呟きは理屈っぽく、女性は気分が多い)。

こうした点がたとえば自殺するのは男性が多かったり、地震の買占めは女性が多かったりという違いに繋がっているのかなという気がします。また、女性のほうが同人活動が活発であったり、そしてそこで描かれるのはもっぱら物語ではなく「山なし・オチなし・意味なし」に代表される二次創作であり、アニメキャラクター達の感動ベースの関係性(つまり答えがない)であるというのは、こうした感性に起因しているのかなと感じました。
村上春樹が比較的女性に読まれるのも、物語がないからかも知れません。

また、『ちはやふる』のように少女漫画の一部で部活ものが流行っていますが、一見成長ものがたりに見えるこれらもその根底にあるのは部活を通した人間関係であり、大会で優勝などの成長物語はこの関係性維持の方便として(つまりずっとみんなでいるために)使われているように思います。
  1. 2011/04/09(土) 00:15:00|
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