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奈須は環境分析が通じないってことでおk?

ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)ゲーム的リアリズムの誕生~動物化するポストモダン2 (講談社現代新書)
(2007/03/16)
東 浩紀

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『ゲーム的リアリズムの誕生』を読み進めてます。

「環境分析」とは
東浩紀によれば――

環境分析とは、いわば、作家が言いたかったこと、作家が語ったことそのものを「解釈」するのではなく、作品をいちど作家の意図から切り離したうえで、作品と環境の相互作用を考慮し、作家をそのように作らせ、そのように語らせることになった、その無意識の力学を「分析」する読解方法である。


ようするに作家の「頭のよさ」は関係ないってことっすね。
しかし、

僕は今年はけっこうゲームをやっていて、『リアライズ』『Forest』『沙耶の唄』『Remember11』『CLANNAD』と見てきたけど、『Fate』はずば抜けて単調でしたね。『沙耶の唄』はデジタルノベル形式でエンドは3つしかないけれど、そのそれぞれが別の世界観を表すようには配置されている。『Fate』にはそういう試みがぜんぜんない。あれだけボリュームがあるのに、ただ延々とチャンバラをしているだけ。それでいいんですかね。
(『批評の精神分析』第7章「どうか、幸せな記憶を。」)


批評の精神分析 東浩紀コレクションD (講談社BOX)批評の精神分析 東浩紀コレクションD (講談社BOX)
(2007/12/04)
東 浩紀

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つまり、東浩紀は奈須きのこを環境分析的に読み解くことにさじを投げている。作家本人の頭のよさとは関係ない作家の環境すら、奈須には何も見えないと東は言っている(たぶん)。
このことから僕は、奈須の作品っていうのは純粋にあの血なまぐさくてちょっとレトロな世界観の魅力だけで「保(も)ってる」んだと考える。
――というわけで奈須disり記事が↓の記事


関連記事:『空の境界 第二章 殺人考察(前)』ほぼ全否定。
  1. 2008/12/18(木) 09:00:17|
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