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460日目

080703.gif


くやしい!
上月財団の「漫画奨学金」ってのに応募してたんですが二次審査で落とされたorz
受かれば60万もらえたのに…(泣)
あ゛~マジで働かないとだなぁw
一次審査用に描いた漫画はそのうち同人誌にでもしようと思います。



いま『非対称情報の経済学』って本を読んでます。2001年にノーベル賞を取ったスティーグリッツ経済学の解説書なんですがなかなか面白い。

いわく「現実の多くの市場においては、一般的に買い手は購入する情報の質について売り手と同じだけの情報を持っているわけではない。そうした不完全な市場経済においては、伝統的な経済学が主張するような市場調整メカニズムは円滑には働かないのである」

たとえばあるスーパーがセールをやったとしても、その情報を知るのは普段から利用している客と折り込みチラシの入っている新聞をとってる家庭に限定されますよね?だから安いからといって市場経済の原理が働き、日本中から人が押し寄せるような事態にはならないわけです。つまり、需要と供給のバランスから「神の見えざる手」によって価格が適正に決定されるとした従来の経済学が万事において完全なわけではないことを、この理論は指摘してる。
経済学はシロウトですが、「企業は自己の利益のみを追求することが最も社会的利益に貢献できる」とか、「失業者は理論上存在しない」であるとか、いまの社会を支配している従来の新古典派経済学というのがいかに機械的で非人間的な理論であるかというのを知って愕然としますね。そしてこれでは、このお粗末なネオリベ的価値観では社会が良くなるハズねーよと思ったw

あえて少ない知見で言えば、スティーグリッツの経済学というのは経済学におけるポストモダンの理論なんじゃないかと思ったり。従来において消費者というのは生産者と対等の情報力を持つ存在と考えられてきたが、現実的に情報を得るには時間や金銭的コストが発生する以上、消費者はある種の妥協をもって主観的に行動せざるを得ないだろう。だからそういう局面においては、低価格を重視する消費者や「食の安全」を重視する消費者に価値観が分裂する「島宇宙化」が避けられず、したがって従来の公共的(大衆的)幸福感というのは成立し得ないものになってしまう。つまり「万人に受け入れられる商品」というのはもう存在しないんだと僕は思う。

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「島宇宙化」

だけど僕は理想主義者なので、やはり社会というのは島宇宙化を前提としたうえで万人が幸せであるべきだと思うわけです。特に経済が至上価値である日本においては、幸福を定義する3大要素(金、恋愛、仕事)のうち金銭が占める割合がもっとも大きいと僕は思う。
結局いまの日本社会ってのは、稼ぎが大きい人ほど幸せが実感できるように感じられてならないんですよね。でもほんとうは、資本主義を前提とするなら金持ちも貧乏人もそれぞれの幸せを感じられる社会(『CLANNAD』的世界観)でなければ正直耐えられないと思うんですよ。
その意味で経済学の更なる発展を願って止みません。

結論。
金くれ。


非対称情報の経済学―スティグリッツと新しい経済学 (光文社新書)非対称情報の経済学―スティグリッツと新しい経済学 (光文社新書)
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薮下 史郎

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