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建築家の存在意義を示せ。

Pen (ペン) 2008年 4/1号 [雑誌]Pen (ペン) 2008年 4/1号 [雑誌]
(2008/03/15)
不明

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文章考えらんないとか言っといてアレですが…すげえ、コレはすげえ。
この写真合成とかじゃなくて、本当にこういう空間があるらしい。しかも家だって。
キャプションにあるように、たしかにコレは「間取り」じゃないなw

中山英之「2004」、藤本壮介「T house」、手塚夫妻の「屋根の家」、そしてこの五十嵐淳の「光の矩形」。たしかに空間が面白いのは認める。でも「それってなんか意味あんの?」っていう?が僕は消えない。
施主(せしゅ)のライフスタイルに合った住宅?なんでそこまで住宅が“プラグスーツ”みたいに住人にフィットしてなきゃいけないわけ?横並びがそんなに嫌?ていうかそれ家の皮を被った「自分探し」じゃね?

僕がここまで言うのは、建築会に漂う個性偏重主義に嫌気がするから。しかもそれが通常の建売りより高値で流通している現状があって、建築家に依頼する施主というのは、そういう「悪趣味な一発ギャグ」みたいな家に何十年も住みたいがために、わざわざ自分からやってくるw
正直、メチャメチャ病んだ社会構造だと思う。だってその対価が「屋根の上のシャワールーム」と「手摺りのないデッキ」だぜ…?狂ってるよ。

難しい時代だとは思う。たとえば黒川紀章が若かった頃なんかは、「未来嗜好」とか機能している共同幻想を担保すればそれなりに社会的意義は果たせた。でも今は「物語」自体陳腐化してるから、建築家なんてプチブルたちの「なんちゃって自分探し」に付き合うしか生きてく道はない。「社会性」なんてとうの昔に放棄してる。

ようするに僕の疑問は、業界でよく言われる「実物を生で見ろ」「海外行け!」という論法では絶対解けないんですよ。「空間の質」とかを問うてるんじゃなくて(それも分かるけど)、それ以前にもっとメタにその建物が必要とされる「動機」を疑ってるから。だから僕は“道”を外れたんであって、全然関係ないように見えるでしょうが問題意識は一致してます。

建築家って何のためにいるんですか?だれか教えてください。
  1. 2008/04/13(日) 03:19:32|
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