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「死ね」という言葉が好き。

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や め て く れ w
Amazon、お前もか!
『チルドレン』をクリックしたのは表紙の絵を参考にするためだYO!
最近とことん噛み合わない僕とAmazon…。

関連記事;決定!「2008年本屋大賞」結果発表 本屋大賞

あーあ、伊坂が獲っちゃったよ…。ホント宇野じゃないけど「本屋大賞があのラインナップなのは図書館女子と○○たいからですよ!!」とかキレたくもなるw ちなみにTVで観たらメッチャ好青年でした>伊坂。予想はしてたけど...。

エンターテイメント性に優れ、よくまとまっているという印象なので一般受けするのは分かる。しかし、それを認めたくないオレがいる…。

いや、むしろ僕の文脈で言ったら認めてはいけないのか。生き方の見えない現代において、ニヒリズムを撒き散らすだけの物語は僕は流行ってほしくないし、それを喜ぶような作者も読者も、できれば退散してほしい。
でも、まあ無理なんだろうなぁ…。

――最近思うんだけど「好きだ!」と主張することは簡単だし共感を得やすいが、「嫌いだ(死ね)!」という主張は一般性を持ちにくいし、下手すれば自分が疎外されて終わりという危険もある。その意味で、一度流行ってしまったものを打ち消すのは不可能だし、それは次の時代の流行を生み出すことによって相対的に打ち消すしかないんだろう。

…しかし、世の中には“どうしても認めたくないもの”というのがあって、それはリクツじゃない。たとえば東大総長も務めた蓮實重彦は村上春樹を全否定したらしいけど、正直これには同じ匂いを感じる(詳細は知らないが)。つまり「利は無い」ことは分かっているが、感情は理屈では動かない。
そもそも、「何に対しても鷹揚に構えてるエリート」なんてロクなもんじゃねえ、という気がするんだよね僕はw ――結局、何でも柔軟に受け入れてしまえる人というのは、ようするに「何でもいい人」なのであって、だから役所とか大企業に入って簡単に不正を働いてしまうんだろう。ついでに言えばだから建築も駄目なんだ(身内の馴れ合い、既得権益)。
死ねばいいのに。

僕なんかは昔から、この「嫌いだ!」という気持ちがたいへん強くて、正直これを鎮めるためにいろいろ作ったり勉強したりしてるようなものなんだけど、その意味では「生きる活力」なんだよな、絶対認めないけどw …だいたい、こんだけ何もかも溢れ返ってる時代に「創作」する意欲なんて、半分は「怒り」じゃないですか?(笑)

――また、ヒかれるのを承知で言うと僕は「死ね」という言葉がけっこう好きだ。
良識的な人にとっては存在を全否定する言葉であり正気を疑うんだろうが、じっさい「死ね」は「死んでつぐなえ」の謂いであり、昔の武士道のロマンチシズムにも一脈通じているだろうと感じる。
つまり「死ね」と言う人は逆に言えば「死ねば許す」と言っているのであり、死というものに一定の価値があると思っている。その意味ではいまだにロマンに浸っているお気楽な人たちである(今の時代、死ぬよりひどい事はたくさんある)。

だから、はてなの「つまらないと書くべきか」という話題(またか)なんかは、僕にとって程度の低い話と言わざるを得ない。心情は抑圧されるべきではないし、まして自分のブログで「自重しろ」なんてどんな言論統制だろう!それは素直な気持ちの発露であり、作品はひとの感情を逆撫でしたなら、甘んじて報いを受けるべきだ。

関連記事:個人サイトで「つまらなかった」と書く必要はない。 Something Orange

また、そう考えると「荻上チキVS猫々先生」なんかは興味深いものに見えてくる。猫々先生の主張は“年寄りの主張”でネットでのコンセンサスは全く得られないのだけど、彼はあらゆる社会的手段に訴えることで、いまだに追い立てられずネットに噛り付いている(なぜそこまでムキになるのかは知らない)。これもたぶん感情であって、利は無いだろう。

あと、このあいだの土浦の連続殺人犯にも僕はすごく自分に通じるものを感じる。オタクだし同い年だし、ニュースで観たら『電車男』やってたときの伊藤淳史そっくりで、他人とは思えなかった(まさに「おまえら」)。宮崎勤の事件があるから否定するけど、当たり前だけどああいう感情ってみんなフツーに持ってるよね?「誰でもよかった」と 言ったらしいけど、じっさい「誰でもいい」んじゃなく「みんな死ねばいい」と思ったんじゃないだろうか。
僕が彼のようにならない理由は、冗談じゃなく「自分はアイツより賢い」と思っているからと、そしてそれを支える自信くらいだ。

そう考えると「嫌いだ!」と言って、自分は穴にハマらないようにするのはなかなか難しいんだなと感じる。それはもはや政治の領域だしなぁ。
――まあ労力もムダだし、否定はブログで毒吐くくらいにして、あとは創作にぶつけようと思います。
ちなみにウチのブログの仮想敵は「企業」と「新伝綺」(小っさ)ですねw(^^;)


関連記事:ニヒリズムに未来はない 『グラスホッパー』
関連記事:「お前以外の人間は全員お前じゃねえ」なら文句言うな ―誰かに理由なく嫌われるのはむしろ当然―
  1. 2008/04/09(水) 17:58:53|
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