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『ARIA 12(完結)』 心から言います、おめでとう!

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  (2008/03/10)
  天野こずえ

あの頃とは違うけれど、今も私は幸せな日々を過ごしています。
では、またメールしますね。いつか…そういつの日か、まだ見ぬ貴方に遭えることを信じて。

もし火星に―――ネオ・ヴェネツィアに来ることがあったら、一人前になった私の舟にぜひ一度乗ってくださいね。


               火星暦0076年 16月20日 水無灯里
                             (句読点引用者付記)


――なんか、これで感想書くのも最後だと思うと、感慨もひとしおですね...。
僕の大切な「物語」がまた1つ、フィナーレを迎えました。『AQUA』の時代から足かけ8年…計14冊におよぶ水の惑星の物語、完結です。
テラフォームした火星を「火星」と書いて「アクア(水の惑星)」と読ませたり、そこには現代のヴェネツィアを模した虚構の都市、“ネオ・ヴェネツィア”が存在したり――本当に感性が秀逸な作品でした。うぇ、淋しいよ…。

感想としては、ラストの12巻で“怒涛のように終わらせた感じ”。
今までのゆったりした流れとはうって変わって、どんどん事態が展開する。エピソードもホントに「必要最低限」しか描いてなくてハショリまくり。
おそらくアニメにタイミング合わせるとか、いろいろ調整の結果がコレなんだと思うけど。この巻単体で言ったらぜんぜん描写が足りないし、完成した出来とは言えない。――ただ、今までの話の文脈を理解してる人にはちゃんと補完できるように描いてあるんだよね。この省き方は正直賛否両論だと思うけど、技術的にはすごく上手く出来てると思うんで、僕個人としては「アリ」だな。
とにかく「今までの総決算」を体現した巻で、情報量が全然違うし、あらゆる決断がすごいスピードで下され、すごいスピード感を持って原稿が仕上げられたんだろう――という熱気が伝わってくる。
あるいは、それは天野が心の中で温めていた結末を一気に放出したことによる、勢いのせいかも知れない。

そういう意味で、僕は出来自体には不満は無いんだけど――結末まで読み切って唯一思うところあったのは、「結局『ARIA』ってエリートの物語だったなー」ってことなんだよねぇ。最大のヤマであると思われたプリマへの昇格試験はかなりあっさり――というか、ぶっちゃけ言えば昇格試験は全然この話のテーマじゃなかったってことになるんだと思う。

そこではなく、むしろ“この物語最大のヤマ”として描かれたのは「自分の『成長』による友人たちとの別れ」ということだった。
要はビューティフル・ドリーマー問題(モラトリアム)だよね。
※以下ネタバレ注意!


天野こずえ的な「日常」と「卒業」

アリシア「本当は、もうずいぶん前から灯里ちゃんには一人前に昇格できる実力が備わっていた。だけど灯里ちゃんが一人前に昇格しなければ、私は指導する先輩としてずっと傍にいることができる。
グランマにも相談したわ。日に日に成長していく灯里ちゃんを見て何度も昇格させなくてはと思った。
でもその度にあと少し、あとほんの少しと決断を先延ばしにしてしまったの。一緒にいられる、この愛おしい時間を失うのが怖かった…。すべて私のわがまま。本当にごめんなさい」
(句読点引用者付記)

↑これなんかまさにそうでしょ。

実は天野こずえはかつて、「終わらない日常」を肯定した作家だった。
出世作の『浪漫倶楽部』では、彼女は最終的に「楽しい学校生活が続いていく結末」を選んでいる。学園モノだったので、いずれ「卒業」という形で終わりは来るのだけれど、とりあえず物語の上ではそれは回避され、「日常」が保存された。したがって、それが本意ではないのだろうけど、結果的にモラトリアムになってしまった感は否めない。
『ARIA』でも、「この私たちの『日常』っていうのは楽しいものなんだよ、素晴らしいものなんだよ」という彼女のスタンスは基本的に揺るいでいないけど、ここ終盤に来て特に『浪漫倶楽部』の問題意識が反映して話が展開されていると感じた。
↓の箇所なんかがそう。

灯里「一緒に歩いている時は、みんな同じ道を歩いているように感じます。だけど本当は違う。
みんな、それぞれ違う自分だけの道を歩いているんです。
その道は始まりも違えば終わりも違う。
けっして同じではない自分たちだけのそれぞれの道」
(句読点引用者付記)

灯里たちはシングル昇格という「成長」によって、皮肉にもバラバラの人生を歩いてゆくことになる。それをどう受け止めればよいのか?ということについては彼女は答えを出せていなかったので、『ARIA』ではケジメをつけたかったのかも知れない。
そして出た結末がこうだ。

灯里 「あの頃の楽しさに囚われて
     今の楽しさが見えなくなっちゃもったいないもんね
     あの頃は楽しかったじゃなくて
     あの頃も楽しかった…よね」
アテナ「うん
     きっと本当に楽しいことって
     比べるものじゃないよね」
アリシア「あっ
     でもワンポイントアドバイス
     今――楽しいと思えることは
     今が一番楽しめるのよ
     だから いずれは変わっていく今を
     この素敵な時間を大切に ね」

――これがこの話の結論になる。


エリート的な“流転モチーフ”としての『ARIA』

それ自体は賛成なんだけど、ただ――僕が思うのは「オレは灯里たちみたいに優秀じゃないから、実際そんなに上手には成長していけないんだよ」ってことなんだよね。けっきょく灯里たちって、「自分」についてはあまり悩まない、「他人」のことばっかりで。悩まなくても優秀だからすんなり出来ちゃう。――天野自身そういう人間なのかも知れないけどさ。

でも実際は悩むでしょう。“上手に成長できなかったり、他人や社会の価値観に疑問を持ってしまう人”ってザラにいると思うんだよね(10巻に出てくるアトラみたいなやつね)。
前の記事で書いたように、僕なんか1年ごしの「せんだい」でようやく自分の問題意識にケリつけたような人間だしさ(3日前だぜ?)、やっぱ僕は、たとえば「ものつくる人間」とかっていうのは既存の社会の価値観にうまく馴染めないフラストレーションから創作に走ってるケースかなり多いと思うんだよ。『ARIA』にはそういう「新しい価値観を作っていこう!」みたいな意識ってまったく無いよね。だからそれはすごく不満ではある(“居場所”が無いので)。

個人的に、「アリシアさんのモラトリアム話」はもっと肯定されるべきだと思った。彼女は結局、灯里をこのまま留め置くことへの罪悪感に耐えられなくて、彼女と離れる=諦める決断をするわけだけど、ホントにそれしか道は無かったのか?と僕は思ってしまうよ。基本的に「押し付けられる歴史」とか大っ嫌いだからさ、その悲劇に浸ってるヤツも嫌いだ。おまけに結婚して役員に就任って――お前はどんだけ旧い価値観なんだよ>天野!とかねw
(アリシアさんを責めるなんてとんでもない)

その意味でやっぱり「エリート物語」だと思うんだよなぁ。エリートにとって一番重要なのは「創造力」じゃなく「柔軟性」だし。
だから僕にとっては温いんだけど――ただ、普通の人が“まっとうな価値観”でもって生きていく上での通過儀礼を描いた作品としては、やっぱり素晴らしい作品だったと思うのもまた本心で。

そもそも灯里たちってそういう子じゃないよね。「自意識と取っ組み合って、ものすごい『何か』を生み出す」ってタイプじゃないし。ただ与えられた価値観に素直で、ごく普通に、まっとうな幸せを見つけて生きていく人間なんだと思う。そして、そうやって微笑む人間がみんなに幸せを運んでくれる――って1面もたしかにあると僕は思うし。
――だいたいそういう自意識的な悩みは『ハチクロ』の連中が散々やってくれたし、「それをこの美しい物語にまで求めるわけ?」って気分も、自分自身無くはないんだよねw

――そういうわけで、とにかく、いろいろ文句も言ったけど、本当に大好きな作品でした。
“僕の人生の半分”でした(もう半分は『ROOM』)。

今まで支えてくれてありがとう。

本当に本当に、おめでとうございます。


関連記事:「空気系」の提唱者って同人作家さんなんだ。―『ARIA』ネタ集―
関連記事:『ARIA The ORIGINATION』 4話
関連記事:「ARIA (10)」 天野こずえと男性ファンの関係
  1. 2008/03/12(水) 22:48:53|
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