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創作ノート(1)

制作中のシナリオのオチをつけるために、考えたことを書き留めたものです。
あまり人に読ませる体をしてないので、読み飛ばして下さい。
多分に「宇野対策」的な色が強い…宇野以外の人名は僕のキャラですw。



僕にとってのセカイ系って「彼女いれば全てハッピー!教」だ。
実際それは大学生中盤ぐらいまでは有効だと思う。
ただし(理想の)というカッコがついてて、叶った(彼女できた)場合は「理想」がとれて消滅・無効化、叶わない場合は成就できないので救済されないまま。

したがってこの枠組みは大学も後半になってくると通じなくなる。むしろ恋愛より就職とか現実の問題のほうが大きくなる。

必要なのは踏み込む勇気。
相手と完全に分かり合うことは出来なくても、相手の自分へのちょっとした善意(好意ではない)を信じられれば不条理も愛せるようになる。

他者性。
「普遍性」か「島宇宙」
「世界中のひとが貴方を非難しても、私はあなたを信じます」
「『勘違い』だと思う。でもこれから理解する、理解したい。あなたと一緒にいさせてほしい」

「教えなくても分かってくれる、理解してくれる」
という幻想。

「みんなに自分と同じ気持ちを抱いてほしい、ひとつになってほしい」
という強迫観念。
そのためには、“自分”は消えなくてはならない。

「消える」=「フられる」の象徴表現。
(Key、『それ散る』、『ef』)

藤井が自己肯定感のなさから決断を恐れるあまり、都合のよい“虚像”としての千歳が立ち上がった。
視野狭窄によりそれ(理想)以外の可能性を考えられない。
=フられた(拒絶された)場合のことが恐怖のあまり考えられない(アイデンティティ・クライシス)。
本当はそこから“次”がはじまるのに。いや、若さからそれが「ウソ」に見えてしまうのか。

結局自分が可愛い、あるいは、現状の自分が生き延びるために成長を拒む。

「決断しない主義(理想主義)」というのは、「超越性」を得ようという行き過ぎた気負いの弊害。その結果が行き着くのは虚無である。つまりやるだけ無駄だから、やってもやらなくても変わらない。

そこから抜け出すには、「自分が全能でないことを認め、その上で立場を決めて陳腐な主張をするしかない」というのが1つ。

…ってこれはオレの創作の悩みそのものだw

“あなた”はいる。それを否定してしまっては何もはじまらない。

あるいは、「本気でベタにオレは神になるんだ!」を目指すのか。でもそれはしんどい。

宇野「セカイ系が他者性を描いていない」というのはもっともだが、要するに他者性では中二病は根本的に救えないのだろう。超越的な理想への病(オレ天才)と分かち難く結びついた自己肯定の不安、それは「みんなと仲良くしたい」という素朴なやさしさの裏返しでもあるから。
だからセカイ系が中景(社会)を抜くのは当たり前。

要するに「ベタに綺麗な絵」とか「ベタにいい話」がこの時代あるのかという問題。
無いだろう。(→宇野)
しかし無視するのもたしかに…

「ベタにカッコいい男」がいるか?→いない
メタを理解できるようになったのは物語がなくなったせいもあるが、「心が広くなった」とも言える。
「例外、自分と違う者への理解が現代社会の本質」という極めてリベラルな話に…。

「理解」と「納得(賛成)」という二重のレイヤーを設けては?
「ああ、それ分かるよー」くらいの軽い同意にすればいいじゃん。
「これが新しい」とか「より普遍的だ」とかいうメタゲームは何にもならない。
その人の自意識に従った(ウソではなく“使える”)作品が必要なんだと思う。

――ていうかこうやって悩みながら生きてること自体が「小さな成熟」じゃね?
  1. 2008/02/28(木) 01:57:49|
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