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『若者を見殺しにする国』 腐った平和へ、アンチとしての「希望は戦争」

フリーターが朝日系の左翼誌『論座』に「希望は、戦争。」とぶちまけた、いわゆる「赤木問題」の当事者赤木智弘の本。2007年を代表するトピックであった問題の“赤議論文”「『丸山眞男』をひっぱたきたい――31歳、フリーター。希望は、戦争。」も収録しています。

若者を見殺しにする国―私を戦争に向かわせるものは何か若者を見殺しにする国―私を戦争に向かわせるものは何か
(2007/10/25)
赤木 智弘

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――正直、最初僕は、赤木さんは完全に“ネタ”だと思ってたんですよw 「最近は極左誌も2ちゃん化してんなぁ…」程度で深く知りませんでしたし。でも巡回先(「智の蔵」さんとか、Keiさんのとことか、東浩紀とか。あとNHKで赤木さん本人も見た)を見てたら意外と根が深いらしいぞ、と。で、買ってみたわけです。たしかに面白かった。

戦争は手段

 そして、「平和を守ろう」という人たちにとっての「九条をどうするのか」と言う議論が、平和を達成するための方法論でしかないように、私にとっての「希望は戦争」、すなわち戦争という希望も、「平和」との闘争のための道具に過ぎません。

こう言っているように、切実さはあるものの、赤木さんにとっての「戦争」はあくまで道具なわけです(そもそも「敵」は身内)。そしてほんとうに言いたいことというのは、なんのことはない、「格差を何とかしてくれ(今すぐ)」ということ。警戒していたより、かなり僕の言い分に近い人でしたね。

左翼連中の憲法論議より、名前は出ていませんが、彼のやり方はむしろ右傾化した宮台真司の模倣だと思うんですよ。宮台が過剰流動性を打倒するために、あえて天皇を担いで「東亜細亜共同体」を標榜するのと、赤木が戦時の「大東亜的」清貧さにノスタルジーを感じて戦争を希望するロジックは全く変わらない。両方とも打倒したいのは、結局のところ、資本主義社会そのものですから。

ただ、赤木さんが東浩紀とかいわゆる“プロ”たちに「あいつのは思想じゃないけど…」としか見てもらえないのは、僕は経歴の問題じゃなくて単にスタンスの問題、といういう気がする。「一流の肩書きを持つ人間が描く理論は一流だ」なんていう見方は僕は懐疑的だけど、かといって『若者を見殺しにする国』は、スレスレのところで思想の体をなしてないような…。それは彼がブロガーとしての出自から雑文書きであり、アジテーター(扇動者)を気取ってるからで、僕は内容自体は、もっと改まって書けばちゃんと読めたと思うんですが。
まあ、だから「カウンターパンチ」として有効だったんでしょうね…。

「会社共同体(経済合理性)が社会を悪くする」とか、「ゆとり教育に賛成」などのスタンスは概ね僕と近いです。立場が似てることもあると思う。
ただ「富裕層(上流)が儲けるのは全然気にしない(自分が助かればいい)」とか、さんざん社会の無情さを批判しながら、「それでも社会に助けてもらおう」と期待するところとか、「『普通の安定』を保証しろ」と妄執的なまでに繰り返すところは、僕と違う。ベースは同じだけど、採った立場が違う気がする。

彼の言い分を端的に表すと「小市民」なんです。つまりバブル崩壊以前には確かにあった、「“普通の幸せ”を返してくれ」と言ってる。それが赤木さんのノスタルジーだから。…ただ、自身でさんざん批判しているように、たぶんそんなものはもう無いんですよ。だから僕のスタンスは「絶望からはじめよう」です。多様でポストモダンでウソばっかりの時代だから、もう自分を信じるしかない…というか。ほとんど気分は戦後のドヤ街のソレですねw だから僕はクリエイターとかプロフェッショナルとか、主体的なモノ(ただしうさんくさい)を志向するんだと思う。「自己責任論」ではないですが…。

だから、企業とか社会が「善者」だというイメージ自体捨てろ、と僕は言いたいです。赤木さん自体が、自分が批判した中流幻想に捕われていて、いまだに抜け出せないことがこの問題をややこしくしているんだと思う。――ただ、彼がそういうスタンスを採ったことで、彼の言動が「癒し」として商品になったのは、ほぼ間違いないでしょうね。そこは頭のよい彼は絶対に分かってる。分かった上での道化ですよ、“生きるため”に。
…ああそうか、だから「思想」じゃねーのか(笑)

個人的に、赤木さんが何とか文章でお金をもらえたように、ネットとか過剰流動性が高まっている今だからこそ、ギリギリのところで「努力すれば何とかなる社会」は、存続していると思うんです。それがこの先も続くとは、僕はとても思えない…。だから、僕や赤木さんや団塊ジュニアのように、先行世代のノスタルジーに染まりきってしまって身動きの取れない人は、本当に「死ぬ気で」今すぐ足掻いてみたほうがいいと思う。それも愚直に動くのではなく、この社会を利用するかのように、賢く。
――もちろん、初心は忘れずに。


 こうした絶望的な状況を受け止めながら、いかにそれを軽く受け流すことができるか。私たちには、そうした適応力が求められているのかもしれません。「努力をすれば報われるんだ」という言葉を信じて、低賃金で働き続けるのではなく、かといって労働そのものから逃避して、成長と希望を享受した連中にうしろ指をさされる口実をつくるのでもなく。私たちを殺そうとする社会から、いかに「ケツをまくって」逃げ出すか。



余談。
赤木さんが言うようなノスタルジー(SF共同幻想)が通じるのは、たぶん僕の世代が限界、という気がする。それ以降の「ゆとり世代」には、もうそういう迷いすら無いから逆にのびのび動ける――という状態を僕は期待してる。今年は就職がいいと聞く。それは、ようやく滞っていた団塊世代の退職がはじまり、世代交代が進みはじめたということだし、あるいは社会の循環はだいぶ戻りつつあるのかも知れない。ただし、既に適齢期を過ぎてしまった団塊ジュニアを置き去りに…。


絶望から出発しよう (That’s Japan)絶望から出発しよう (That’s Japan)
(2003/02)
宮台 真司

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