昨日の絵は1500万円 ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記この手の「アート」屋たちがやっていることは、アニメやマンガが達成したものを「搾取」しているわけだ。もちろん、その基盤を作ったアニメーター、漫画家たちは昔も今も厳しい生活のなかで彼らの芸術を描き続けている。「だったら、そのマンガをアートの市場に持っていって売ればいい」と考える人もいるかもしれないが、アニメやマンガの価値もわからず、単に投機目的で絵を買う連中なんかに売れても何の意味もない。
関連記事:Mr.の絵は150,000ドルか? ARTIFACT@ハテナ系kanoseさんの言ってた金額ミスの話はこの際置いときましょう。
要は本家のアニメや萌え絵じゃなくて、何でこのロリキモい劣化コピーが破格で売れてんだよ?っていう、怒りと疑問入り混じった主張ですよね?すごく気持ち分かります。
Mr.の絵がヘボい事なんて、改めて今更言うまでもないですが、それでもこの人の絵はスケボメーカーとコラボしたりして「メンズノンノ」とかにも載ってるわけ。なんで?っていうこと。
Mr. Kaikai Kiki「イノセント」かどうかは観る人それぞれの判断に委ねられますが、ポップな色彩を使い、大きな目をしたアニメ的なキャラクターが登場するMr.の作品は、均質的に「日本らしさ」が溢れます。アニメに登場しそうなキャラクターがMr.の作品では、過剰に性的な要素をもって表現され、ロリコン趣味を具象化しています。
この前、宮台真司と磯崎新の発言から「建築家はうさん臭い商売だ」ということについて言及しましたが、Mr.のようなポップアーティストもこの文脈で捉えられると思います。
島宇宙化と建築 『私たちが住みたい都市』建築家やアーティスト、デザイナーというのは、現代の呪術者(シャーマン)と考えると理解しやすいと思います。価値の無いものに価値を付与して金を儲けている人達。特に現代アートがわかりやすいですが、芸術性というのは美しさや技術力だけでは計れない。そこに“何か”あると感じさせる必要がある。下世話な話をすれば、標準より「金を多く払ってもいい」と感じさせる“何か”です。
逆にそれさえ叶えば、けっこう中身はどうでもいい。
ドラクロワ『民衆を導く自由の女神』昔であれば、その付与される価値は社会を支える共同幻想(あるいは「大きな物語」)に則ったものであり、たとえば理想社会のビジョンを示すものであったりしました。そのため、比較的社会の共通理解が得やすく、こういう職種の人は尊敬の対象でした。
(宮台真司「島宇宙化」)しかしポストモダン時代になり、共同幻想が崩壊して人びとの価値観が多様化、島宇宙化するにおよび、呪術者たちの宣託も範囲が縮小、限定化して、特定のトライブを代弁するにすぎなくなりました。
そのため、ファインアートの分野で「評価される」ということが、普遍的な評価を得ることにならないばかりか、ある種の“歪み”を孕むことにもなったわけです。Wikipediaの、Mr.の師匠に当たる村上隆の項目にその記述があります。
村上隆 Wikipediaこのような成功の要因のひとつに、現在の世界における「多文化主義」が挙げられる。西洋に限らずその他の世界の出身者も含め、それぞれのアーティストが多様な美術表現(ポップ・アート、コンセプチュアル・アートなど)の方法を用いてそれぞれの独自文化的背景を武器にアートを実践するような、美術の表現内容の多様な状況がある。日本の大衆文化のなかから成功する要素を欧米の文化圏へ持ち込む事で余剰価値を生み、ひとつの文化の中で生産、消費されただけでは想像もつかないような価値が付加される。
つまり価値観が多様化する中で、ファインアートを評価する側も作品価値の多様化を容認せざるを得ない。そしてそこで評価を得る戦略というのも、自分の背景にある文化を抽出して、
外側にいる人間にわかりやすく伝える、「島の代弁者」にならざるを得ない。しかし「分かりやすく伝える」ということは、あくまでその文化をオーガナイズ(一般化)したものであって、その文化の本質ではない。したがって本来自分が代弁していたはずの、母体の文化(この場合オタク)からは逆に嫌われて、背後から撃たれる格好になるわけです。
なぜなら彼らは“芸術ムラ”の一員になったのであって、もう“オタクムラ”の住人ではないからです。その意味で村上隆もMr.も純粋なオタクではないと言えます。村上自身もその事は自覚しているようで、Wikipediaによれば「単に金持ちが作品の性的な要素に惹かれて落札しただけなのでは」と語っています。この人はかなり戦略的に“オタク”を“芸術”に売り込んだひとなんですよね。だから僕はカイカイキキには一定の評価をしてるんです、パクリ集団だとしてもね(もちろん全肯定ではない)。
ひるがえって町山智浩さんのエントリですが、これってMr.だけじゃなく現代アート全般に対する不信の表明なんですよね。雑誌で評論家をされている方らしいので、こういうメタなアートの状況を知らないわけじゃないと思うのですが。
僕も『現代アート入門の入門』を読んだくらいで、あとはマメに美術館に行ってるくらいの一般人(の、オタク)ですが、
「自分が大好きなオタク文化のクリエーターたちは貧困に喘いでいて、ソレの劣化コピーをうまいことやって芸術に仕立てた詐欺師ヤロウがボロ儲けしてるのは許せない!」という気持ちは本当によく分かります、分かるんです(というか、オレの絵を買ってくれw)。
…が、やっぱりそういう正論じゃどうにもならないよなぁとも思うんです。
あと、ご自身「何の意味もない」とおっしゃってますが、怒ってらっしゃることで自明なように、「売れる」という意味があります。もちろん「アニメとして、マンガとして、人々に楽しまれるべき」というのは最もで、その前提があってこそ売れるのですが、楽しんでもらってるだけじゃ金が入らない世の中なのです。ただでさえ僕らはネットで観るし(「DVD買え」というのもナンセンスです)。金が入らなければ製作現場は回らないし、文化は衰退します。ですが何らかの方法を模索して金を得られるのであれば、そのぶん制作費にゆとりが出来て新しいことに挑戦していくことも出来るでしょう。オタクブーム以前のオタクカルチャーというのは、そのへん誠実ではあるものの、どうしても閉鎖的だった気がします。やっぱりそこはカイカイキキを見習ったほうがいいのかも知れません。
オタク文化はすばらしいですが、日本のアニメはすばらしいですが(主観的)、やっぱりそれを多くの人に伝えられなければダメなわけで。もっと言えばごはんが食えないわけで…。だから末端のアニメスタジオはワープアで、宣伝機関である中間(某電○とか)が肥え太る中間搾取がまかり通っている現状があると思うのです(偏りが異常ですが)。村上一味は詐欺師ですが、上流から下流(市場)までダイレクトにつなぐ橋頭堡を築いた、という点ではすぐれた戦略家でしょう。あるいは彼ら自体、新しい形の中流(宣伝機関)なのかも知れませんけどねw
FUJIFILM FinePix30i「敵を倒すには、まずはよく知らなくては」ということで(?)、僕はよく現代アートの展示会を見に行くんですが、「こんなものに何億、何千万も値がついてるのか」と思うと腹も立ちますが、それを抜きに見れば、まあそれなりに面白かったりするんですよね。海外の人が見れば、Mr.のロリコン的な絵柄も新鮮だろうなぁとは思うんです。あと奈良美智なんかは、日本人受けもいいですよね。つまり問題は金で、相対的に見て金額が納得できない、ということに尽きる気がします。――とはいえ、これって根強い批判だと思いますけど…(僕も芸能人とかプロ野球選手、嫌いだし)。
個人的には、やっぱりMr.とかの絵は「キャンバスに絵の具で描いたアナログの絵だ」というところがけっこう大きいのかなぁと思っています。オリジナルが残りますしね。直に手で描いた跡も残るでしょ。いまマンガ・アニメはほとんどデジタルじゃないでしょうか。アナログってなると、イラストレーションとかやっぱりどうしてもアート寄りになりますよね。デジタルは生産性が高いし敷居も低いけど、やっぱりアナログのほうがオリジナルの迫力もあるし、ハイアートの権威には支持されやすいと思うんですよね。だからもう少しアナログでやる人が業界にいてもいいのに、とは思うんです。
ただ、こういう島宇宙的状況に乗っかってる絵描きっていうのはオタク系にもいるにはいますよね。西島大介とか、賛否はどうあれサブカル一派だし、あと個人的に島田フミカネはポップアーティストで通用すると思うんですよ。
割ったことも含めて(笑)関連記事:中国人アーティストが加工した「ハルヒ」の絵が100万円で落札 痛いニュース関連記事:「マウスくん」訴訟、和解成立 キャラクター著作権めぐりナルミヤが村上隆氏へ4千万支払い 痛いニュース関連記事:アニメ制作現場から悲鳴 「生活保護を受けたり、ホームレスになった人もいる」 痛いニュース関連記事:スカイガールズで有名な島田フミカネ氏が「エースコンバット6」のディスクを割る→ブログが大炎上 痛いニュース関連記事:「搾取しているラスボスがどこかにいるわけじゃない」 Something Orange関連記事:"オタクが上手いという絵は大抵の場合、上手い絵じゃない。" REVの日記 @はてな関連記事:儲からないのになんで働くの?関連記事:191日目関連記事:189日目 キンモクセイの香りがするよBGM:bent fabric「IT FEELS LIKE LOVE」
価値って難しいですね。
はじめまして。ブログを読ませていただいて、共感するところがありコメントを付けさせていただきました。
私は絵画作品をよく見ます。作品の値段がいい加減に決まってるって部分には同感です。でも、それも仕方ないかな、とも思っています。
「藝術作品」は作る側にとって価値あるものとして誕生しますが、それを見る側がどう思うかは神のみぞ知る。欲しい人が居なければ値段はゼロです。
ほとんどの人はムツカシイ作品なんて欲しくない。いい気分にさせてくれるツールが欲しいだけです。
作り手がそういうもの(=買い手を気持ちよくさせるツール)を作るなら売れると思います。でも、それじゃ作り手のモチベーションが上がらない。ジレンマでしょうね・・・藝術する人は大変だと思います。作りたいもの=売れるもの、なら何も問題はないのでしょうけど・・・
あと、気づいたことを少し。
宗教画はスポンサーである国・教会・貴族などから注文を受けて画家が描いたものですから、そこだけ見れば、今で言う作家と出版社の関係ではないかと。
また、中世の画家は肉体労働者と見られており、決して地位は高くなかったようです。当時の画家志望者が挫折した時の困難な状況については近代フランスの画家シャルダンが、若い画家を簡単に落選させないよう嘆願する意見書をディドロに出していることからも伺えます。
要するに、今も昔も芸術する人のほとんどは生活に困るぐらい儲からないみたいです。でも、それは自分の価値観で頑張ってる証拠だし、悲観することじゃないと思いますよ!