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島宇宙化と建築 『私たちが住みたい都市』

それは建築はでき上がってしまうという極めて単純な理由によります。そこでは、宮台さんのおっしゃる、「二項図式を受け入れつつ、それを信じないで実践する」という態度しかとりようがない。
(山本理顕)


徹底討論 私たちが住みたい都市 身体・プライバシー・住宅・国家 工学院大学連続シンポジウム全記録徹底討論 私たちが住みたい都市 身体・プライバシー・住宅・国家 工学院大学連続シンポジウム全記録
(2006/02/02)
山本 理顕

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いままで対談集というものを3冊読んで思ったのだけど、対談集って専門家同士の議論だから深いんだけど、範囲も広くて大変書評が書きにくいですw 1回の通し読みだけだと、個人的な興味のある箇所に偏って、まったく書評にまりません…。『波状言論』はそれで書評書くのを諦めたんですが、今回は頑張りました。テーマの中心を抽出して僕なりの言葉でまとめました。…といっても4章オンリーですが。他はまたエントリ立てて書くかもしれません。個人的に4章が他を包括した議論だと思うので。

対談者は磯崎新×宮台真司、司会が山本理顕。


建築家はウソくさい。
「建築家はドグマ(独断)だ」という磯崎新の宣言で議論が始まります。多くの人が感じる「芸術はよく分からないな」という話。
建築家やアーティスト、デザイナーというのは、現代の呪術者(シャーマン)と考えると理解しやすいと思います。価値の無いものに価値を付与して金を儲けている人達。特に現代アートがわかりやすいですが、芸術性というのは美しさや技術力だけでは計れない。そこに“何か”あると感じさせる必要がある。下世話な話をすれば、標準より「金を多く払ってもいい」と感じさせる“何か”です。
逆にそれさえ叶えば、けっこう中身はどうでもいい。村上隆が海洋堂にフィギュアを作らせて偉そうにしていたり、『涼宮ハルヒ』の二次絵(悪質な複製)を「アート」だと言い張る中国人がいるのは、そういうことです。小説家の上遠野浩平が「ポップカルチャーは『売れたものが勝ち』だ」と言っていますが、そういう意味ではハイアートも大して変わらないのかも知れません(ポップカルチャーが歴史化したらハイアートになるのでしょう)。
したがって、芸術家には常にうさん臭いイメージが付きまといます。


モニュメントとしての建築 ―理想=芸術であった時代―

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東寺 五重塔                   FUJIFILM FinePix30i

昔はそれでも、こういった人々はある一定の信用を得ていたと考えられます。なぜなら、かつては人々が一般的に共有する理想社会のビジョンがあったからです。芸術はその理想を体現していれば、自然と価値を有していた時代があったのだろうと思います(生きてなかったので断言できませんが)。
それを整理したものが、磯崎新の考察をまとめた次の表です。

都市の問題群
                                      (磯崎新「都市の問題群」)

この表は各々の時代が、どういう理念に基づいて運営されていたのかを示すものです。宮台真司の発言を参考にすると理解しやすいと思います。

かつて建築はモニュメントでした。原初的社会ではそうではありませんが、王権が生まれる高文化社会以降、モニュメントになりました。モニュメントは、最初は神話を、ついで歴史を参照することによって、モニュメンタルであろうとしました。

これが近代以前、19世紀までの状況です。城や教会などのいわゆる歴史的な価値のある建造物。それらはただ単に過剰なのではなく、王権や宗教に正統性を付与するモニュメントとして高さが与えられ、煌びやかに装飾された。(したがって現在それを造る正統性は存在しない=もう造れない)

 ところが近代建築の時代になると、表現主義や未来派が出てきて、神話や歴史といった「客観性」にかわって、「主観性」の投射によって、モニュメンタルたらんとします。未来のイメージとかロマン派的なビジョンを用いてモニュメントをつくるようになるわけです。そこではバウハウスに象徴されるように、機能主義的なものですらロマン派的な意味を帯びます。それがナチズム的なものです。

そしてこれが近代、20世紀までの状況です。王権に代わり市民が主役となったこの時代は、大衆社会でした。選挙により選ばれた議会やマスメディアが人々を代弁し、大衆が一体であるような幻想を抱かせました。したがってこの時代の建築はモダニズムをはじめ、合理性や集団性を重視し、国家の掲げる理想を端的に体現していました。

国家がクライアントである場合には、国家の要求はハッキリしているわけですね。例えば、モニュメントをつくれ、ということであり、国家の考える公共性に資するものをつくれ、ということなのです。最初の集合住宅に結びついた社会改造の理念もそうでしたよね。建築家は国家からの明確な要求に対して、答えを出せばいいのです。

しかし21世紀的なターム(ポストモダン)を迎え、こうした理想=芸術という関係は成立しにくくなります。


建築におけるポストモダン

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CODAN東雲キャナルコート          FUJIFILM FinePix30i

端的に言って、人々の趣味が多様化しすぎて、共有できる理想がなくなってしまいました。――ここでの“趣味”というのは、社会学者の高原基彰が言うような、その人の社会的背景までも含んで選択される趣味のことです。たとえば、公団住宅に代表されるようなnLDKタイプの集合住宅は、かつて住民として想定された中流核家族の減少によって、空き室を増やしてゆきました。そして代わって増加したDINKSや単身者向けのマンションに細分化してゆきます。

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“バブル建築”の典型 湘南台文化センター  FUJIFILM FinePix30i

一般に、日本でポストモダンの建築といえば「装飾性、折衷性、過剰性」を特徴とするバブル建築のイメージが定番です。しかし、それらが装飾過剰であったのには、前述した趣味の多様化によって共同幻想が崩壊し、担保するべき社会イメージを失ってしまったという建築家側の苦しい胸の内があったのです。その苦肉の策として好景気にモノを云わせ、繁栄のアイコンを捏造したまでは良かったのですが(アイコンの趣味化)、肝心の中身は典型的なハコもの行政で、多様化した住民達の希望にはそぐわず、利用されませんでした。そして無駄な公共事業と批判されたり、宮台真司にテレクラの待ち合わせ場所になっていると皮肉られたりします。つまり完全な空回りでした。

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ビックサイトもバブル建築ですが、同時にアンチモニュメンタルです。 FUJIFILM FinePix30i

一方この反動だったのか、この時期大阪万博のお祭り広場(スペースフレームの大屋根。今で言う壁の無い「ビックサイト」のようなイベントスペース)に端を発するアンチモニュメンタルな動きも生まれていました。「“もの”よりも“こと”」という、ハコの象徴性(趣味)よりもコミュニケーション発生の実質に重きを置いた「軽い」建築群で、伊東豊雄からSANAA、藤本壮介とつながる現在の主流派になっている、ミニマルなデザインの建築群です。

07.12.12-Dior.jpg
Dior表参道                    FUJIFILM FinePix30i

建築がだんだん「姿を消し」始めます。ただし、建築家が提唱するまでもなく、ただの広場であるフリマのスペースにせよ、ただのビル地下であるクラブのスペースにせよ、90年代になって賑わいを見せる場所は「ハコ」ではなくなり、そこにはコミュニケーションの実質だけがあるというふうになるのです。
 おしゃれスポットうんぬんというよりも、コミュニケーションのサブスタンス(実質)を追求するようになる動きを、建築が事実上、追認しているのです。  (宮台真司)



島宇宙化
こうした状況は、宮台真司の言う「島宇宙化」というモデルによって、完璧に説明することができます。

                                                  「島宇宙化」

「人々がその趣味によってテーマコミュニティ(島)を形成する」と考えるこのモデルでは、建築の一部の価値はテーマパークを象徴するアイコン以上の意味を失ってしまいました。バブル建築がそうだったように、日本らしさも、東京(都会)らしさも、外国っぽさも、観光地らしさも、趣味のアイコンの域に矮小化されてしまいました。なぜならば、その趣味の多様化という事態が、ある条件を前提として進んでいるからです。

その条件とは、社会の前提となる構造、「プラットフォーム」を受け入れること=監視社会化です。かつては「主体的」に善悪を判断し、秩序を保っていたものを、マニュアルと監視カメラに代替させることにより、人々は主体を捨てて「動物化」し、話の合わない人とは関わらずに、自分の趣味の世界に閉じこもる自由を手に入れました(郊外化、ファスト風土化)。しかし反面、このプラットフォーム自体に問題がある場合や、プラットフォームに疎外されてしまった場合には、打つ手が無くなってしまいました(9.11的状況)。


プラットフォームの主導権争い
このプラットフォームの上で島化した趣味社会が展開する図式(東浩紀なども指摘)を、宮台真司はアメリカ的な流動化社会として厳しく非難します。なぜならそれは、「まともであることを要求されない社会」だからだ、と言います。まともであることを要求されない社会――マニュアルと監視カメラで駆動する社会――では、いい目を見るのはまともな者ではなく、マニュアルと監視カメラを熟知して使いこなした者です。そしてそれが善人である保障はありません。したがって、プラットフォームに問題があっても、私たちは改善することができません。


                                       プラットフォームの主導権争い

また、プラットフォーム自体も、実は不変なものではありません。島に生きる私たちのあずかり知らぬところで、少数のエリート達(たとえば島の代表者など)が、自分の有利にプラットフォームを書き替えようと血みどろの争いを繰り広げているのが、この社会の現状でしょう。貿易センタービル再建のコンペを例に、磯崎新がその状況を生々しく語っています。

ダニエル・リベスキンドは昔から僕の友達ですが、ダニエルがコンペに勝った。いうなら彼は純粋ユダヤ人ですから、戦争博物館だってやるし、ユダヤ博物館もやっている。こうやって彼の経歴をずうっと見ていれば、当然、ネオコンと同じだということはすぐわかるわけですね。(略)

世界貿易センター(WTC)を崩壊の6週間前に買ったシルベスタインというデベロッパーもユダヤ人ではありますけれども、それのお抱えはSOM(Skidmore,Owings and Merrill)。SOMというのはWASP的な思想・行動をやっているように見えます。WASP、要するに、ホワイトアングロサクソンプロテスタント。だから、ユダヤ人とはまたちょっと違う立場です。けれども、これはアメリカの伝統的な保守層みたいなものとしてのコンセプトをずうっと持っている。建物は実質的にSOMが全部仕切ってしまったわけ。僕などにもそちらから参加要請が来るのだけれども、つき合うわけにはいかないというので断った。SOMが自分たちでやると。ダニエルはやることがなくて、かっかしている。「もう訴訟だ」となった。「しようがない。おまえは手をくだすわけにはいかないけど、コンサルタントとしてデザイナーはここで名前だけは入れてやるよ」という具合。(略)

建築は、片一方でパワーゲームなのです。どうやって自分が代表しているセオリー、代表しているサイドが権力を取っていくかという非常に単純なロジックがあります。ニューヨークではとりわけ明瞭に働くところなのです。僕はニューヨークで仕事があっても、これの中に巻き込まれたら到底かなわない。いつもいくらか身を引くことにしているのですけれども、このパワーゲームは、建築家としてプロジェクトをやるなら、ありとあらゆるところで同じように起こっているのだと考えねばなりません。ニューヨークが一番ひどい例です。

僕の考えでは、建築に限らず、こうした主導権争いの対立こそが、いま世界で起こっている問題の本質なのだと思います。


対抗策としての「セミラティス」実現
先に挙げた「“もの”よりも“こと”」派などは、コミュニケーションの実質を問題としていることから、比較的プラットフォーム的なものに自覚的だったのだろうと思います(たとえば、伊東豊雄などは“コミュニケーション”をモニュメント化しようとしているように見える)。しかしそれ自体が「脱空間化」の文脈の中で生まれ、その後人々のコミュニケーションがネット的なものに回収されていく流れの中で、結局彼らがプラットフォームをどうこう出来る“アーキテクト(設計者)”になることはありませんでした。

建築分野で1965年に発表された、クリストファー・アレグザンダーの「ツリーとセミラティス」という概念があります。

近代的な人工都市が味気なく魅力がないのはその構造が過度に簡略化されたツリー構造であること、反対に、計画に基づかない伝統的で豊かな体験をもたらす都市は、構造のパターンが重なり合い複雑なセミラティス構造をもっていることを明らかにした。

ツリー構造というのがいわゆるトップダウンで、一方的で面白みがなく、融通が利かない(例:行政、マスコミ、人工的)、逆にセミラティスが人間関係やネットコミュニティで、双発的で変化に富んでいる(例:自然)、というのは言うまでもないと思いますが、これを実際建築の分野でセミラティス構造にする、というのは難しい。上海やアジアの諸都市の魅力はセミラティス的ですが、これを意図的に再現することにはいままで成功していません。また「セミラティス」以降、主だった構造論も無いのが現状で、それだけ建築がソーシャルプラン的なものから除外されているといえます。
しかし宮台真司は、この古いモデルはいまだに有効であると主張します。トップダウンの計画というのは、人々の価値観が多様化した現代では必ずといっていいほど意図通りには機能せず、失敗するが、しかし計画を放棄するべきではない、と。

 つまり、手つかずの自然はない。代わりにあるのは、手をつけないという人為が帰結する、再帰的な自然に過ぎません。もちろん再帰的な自然は人為です。

「計画の無力」という考えがポストモダンであり、そこからネオリベが生まれた歴史をかんがみて、やはり計画は必要であるとします。

 それを前提にすれば、セミラティスは、設計しなければならない。あえて設計しないことの帰結をシミュレートすることを含めて、設計しなければならない。そこに他者が偶発的にかかわることで帰趨が乱数的に分岐して裾野が見通せなくなることをも含めて、やはりデザインなのです。(略)近代に限界があるのはいいとして、近代の超克には限界はないのか。計画が無力であるのはいいとして、計画の放棄は無力ではないのか。無力を理由に計画を放棄するなら、同じ理由で計画の放棄を放棄せよ。真実は、計画がときおり有効であり、計画の放棄がときおり有効であるだけです。時代遅れのリバタリアンには退場してもらいましょう。(略)設計の限界には設計の徹底を以て対処する。でも設計は必然的に裏切られる。だからまた設計するのです。

と。このへん完全に得意の宮台節ですが、これが冒頭の山本理顕の言葉につながるわけです。

すなわち、何も計画しないことで事態が好転するわけもないのだから、計画しないという「手段」も含めて計画せよ。そして出た答えは必ず何か問題(これは双発的な展開のきっかけでもある)が起こるから、それへの対策も踏まえてまた計画する。そうやって永遠に信じないで実行し続ける態度こそが、セミラティスである。

――こうして、「建築は実験装置である」と断言する山本理顕の関心に重なるかたちで、きれいに対談は終了されます(ちょっときれい過ぎw)。


感想
僕としては、こうした血みどろのプラットフォームの奪い合い状況を打破するのは、「脱空間化」したコミュニケーションの「再空間化」なのではないか、と思っています。趣味が多様化し、そのコミュニケーションの実質が脱空間化していったことは、別の角度から見れば実社会の空洞化、ウソ社会化と見ることもできる。つまり本音と建前。本音の自由を許してもらう代わりに、建前を守ってこの社会で労働している…というのは、一見正しいようでどこか歪んでいませんか?
――そうではなく、「趣味」ではなく、ほんとうに「私たちが住みたい」と考える多様な社会が“明確なカタチ”をもって存在することが、本当に幸せなことなのだという気がします。それは本書で述べられている、ヨーロッパ的な社会保障のあり方に近いのかも知れませんが。

多様な考え方を持つ人々が、それぞれの生業をもって、それぞれの望む世界で生きられること。それこそが僕の考えるコスモポリタンであり、テーマパーク社会なんですね。この本のおかげで一歩考えが進みました。


P.S.
つかれた。対談集は当分いいや…(と言いつつ『ウェブ人間論』を読んでしまってるわけだがw)

この先の建築この先の建築               .
(2003/07)
藤森照信、山本理顕 他

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波状言論S改―社会学・メタゲーム・自由波状言論S改―社会学・メタゲーム・自由
(2005/11)
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