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「オリジナルってどうやったら描けんの?」

佐藤大:「こ○○○」の「え、こんなの私にも書け…」じゃあ書け!っていう、少なくとも書いてから言え!みたいな。オレはまだその方がマシだと思う。「こ○○○」書いたヤツはスゲーと思う、っていう。とりあえず書くまではいったから。オレは読みたくないけども。でも、その何つうんだろ「“クサ”すために読むの止めねぇ?」っていう感じなの。

(佐藤大の±0「#7 フリーダムのコーエン」)


恋空〈上〉―切ナイ恋物語恋空〈上〉―切ナイ恋物語
(2006/10)
美嘉

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佐藤大のポッドキャストがヤバすぎる。お前がフリーダムだよ!
ちなみにアフェリとは何ら関係ありませんからw

自分の話。
ネーム60Pほど溜まり、シナリオちゃんと作ってなかったせいで先に進めなくなる。ふたたびシナリオ作業へ。
ああもう、何てしょっぱい話なんだ!これ書いた当時のオレはバカか!?
…自分で良さを見失っているのだけど、こういう時はどうすればいいんだろうね(泣)。
とりあえず思いついたことを片っ端からやってみる。

・本を読みまくる。
・休む、遊ぶ。
・逆に1日中考えまくる。

いま悩んでるのは日常パートのつなぎとオチのつけ方なので、触発受けようと浴びるように見る。専門書、小説、映画…小説は下手なやつの方がいいかも、悪い例がよく分かるし「自分のほうがマシだ」と思えるw 『月とキャベツ』はヤバイ、つまらない、上に被ってるw 何でまさよしの周りに寄ってくる野郎はこうも女々しいのか。この監督もオレも新海もみんな変態だ!
休む、遊ぶは最近全然やってないことに気づいた。生活全部が創作になってる。もう空っぽ、インプットがないのにアウトプット出来るわきゃない。ゲーム売ったのちょっと後悔orz
1日中考えてるのは端から見たら寝てダラダラしてるだけなので“Just a NEET!!”w でも米粒くらいは進むかな。

――やっぱさ、中二病作家どもがいくらカスだと言ったところで“オレ個人は”何ら勝ってない、何も作ってないわけだ。アレをカスだと言い張るのなら、アレよりマシなものぐらい簡単に作れるだろう、のに作れていない現状。けっきょく自意識がデカイだけのバカなんじゃないのか。
たしかに自意識の伴わないどうでもいい話(セルアウト)なら簡単に作れるんだろう。でも作れないのはそれじゃ作る意味がないと思ってるからだろうし、かといってファウスト系みたいなやりたい放題の殺人助長文学ではあまりに無責任だと思う。

「若者には希望ある未来を見せたい」「夢を持て」という年寄りの心情には共感もするけど、かといって僕のようにまったくの嘘を信じれば却って不幸のマッチポンプになる。
だから「ウソつきは殺せ」「ぶっ壊せ!」という中二病のルサンチマンはすごくよく分かるけど、じゃあ殺せば本当に幸せになれるのかは考えなくてはいけない。

…ただ、それはやっぱり「出してから」の話であって、自分の内にあるものを出してみないことには話にならない。反省すらできない。
殺人趣味のクソクリエイターなんて死ねばいいけど、でも少なくとも「仕事」はしてるのだ。


結論。
「オリジナルってどうやったら描けんの?」
描けるまで描く。描けなければ死ぬ。
そんなにマジにならなければ済む話かも知れないけど。1度くらいはね。

関連Link:佐藤大の±0 FLOORnet
関連記事:【ウェブ時代 5つの定理】その5 大人の流儀 MSN産経ニュース
関連記事:いっそひぐらしのせいでもいいんじゃないのか、もう。フィクションは現実に影響するよ。 E.L.H. Electric Lover Hinagiku
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  2. 2008/07/29(火) 16:27:52|
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Comfortable pace

080725.jpg
OLYMPUS E-500

ものには適切なテンポってものがあるだろう、なんてことを本田透の怒涛の出版ペースをみて思ってしまった。それって結局作者も読者も幸せにしないんじゃないのかな。たしかに本田のノリは量産体質に合ってると思うけど、さすがにこのペースは長続きしないだろ。

上手な作り手は発表のペースとか、そんなのも含めて作風を作ってるよね。世界を囲い込むのがうまい。金曜ロードショーを活用するジブリなんかは、やっぱプロデューサーがやり手なのかな。


関連Link:Amazon.co.jp:本田透
関連記事:現地レポート 五輪に間に合わない未完の大器は?|北京特集 MSNトラベル
↑自分の卒業設計思い出して泣けてきたw (´;ω;`)ぶわっ

電波男 (講談社文庫 ほ 34-1)電波男 (講談社文庫 ほ 34-1)
(2008/06/13)
本田 透

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  1. 2008/07/25(金) 19:31:56|
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効率⇔非効率?

前に「人生に戦略を」みたいなエントリを書いたけど、逆に行き過ぎるのも問題だよなぁと思ったり。
僕はたぶん、多くの同年代と比べていろんな事を我慢して生きてると思う。そしてその代償として夢を見ていられる。それはそれで幸せだ。
ただ、目標に拘るあまり他の全てを投げ打ってしまって、却って精神的に追い詰められてどうしようもなくなってしまうってこともある気がする。『漫画家アシスタント物語』のイエス小池さんがまんが道にはまり込んでしまったために逆に漫画が描けなくなった、っていうのはすごく下流スパイラルな話だよなぁ…と思う。「漫画のために」勉強する、読書する、デッサン教室に通う、ってのがすごく空回っちゃってる感じがするもんw

たとえば漫画家になるなら、クオリティとか以前にまず漫画を描き続けられなきゃ話にならないんじゃないかな。ざっくばらんに言って、描き続けてれば長期的にはクオリティや世間の認知度とかは後からついてくる気がする。だとすれば、とにかく「描ける」状態を維持することが重要だ。
そう考えると、こと「描き続ける」という点ではある程度の粗製濫造や、僕がかつて否定した趣味的コミュニケーションの延長としての二次創作(ようするに同人)も方法として“アリ”だろう。実際問題漫画の場合コミケで同人誌を売る、ニコ動で動画上げる、pixivに絵を投稿するってのが露出が多くなってプロモーションになるから、家で「超大作(笑)」作ってるオレより版権エロ同人やってるヤツの方が100倍くらい偉いのだね。

結論。
絵描きたいなぁ…二次も描きたいなぁ。でもいまそんな気分じゃないからこの漫画のネームはやく進めんとw ってかこれ、今年中に終わんのかなぁ…orz


余談。
そもそも、僕の人生の最終目標って「世界を変えること」なので(笑)、それだけを端的に目指すんならテロとかクーデターとかすればいい訳で、かくじつに漫画なんか描いてる場合じゃないw
――そうじゃなくて、あくまでそれは「夢」で、実際に大事なのはその過程にある「すばらしい作品を作って人に感動してもらう」とか「クリエイターとして自己実現する」とか「社会や街並みがもっと良くなって、みんなが笑って生きられる」とか、そういう当たり前でもっとちっちゃいこと。それが大事。

だいたい梅田望夫とかだって「無駄のない人生を」とか言いながらサバティカル(休暇)してんだから、あれは目的達成の手段というより楽しく生きるためのライフハックだろうよjk(「会いたくない人と会わない」とか特にそう)
発展的に楽しくね!


関連記事:二次創作はファンの活力を吸い取って、原作の花を咲かすのか。
関連記事:梅田望夫 - Musings - ウェブブック『生きるための水が湧くような思考』 MochioUmeda.com
漫画家アシスタント物語 (SUN MAGAZINE MOOK)漫画家アシスタント物語 (SUN MAGAZINE MOOK)
(2008/04)
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  1. 2008/07/24(木) 12:39:43|
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ミンナ、シネバイインダ!

とかネットにぶちまけとけば、ガス抜きできてマジで人殺さなくて済むよ。
ホントダヨ!
みんな、通報しないでねっwww

さっき、夕方のニュースで大谷昭宏が「若年犯罪は社会全体の歪みのせい」みたいな真っ当な事を言っててむしろ逆にビビる(笑)。ヤツも「フィギュア萌え族」の件で散々叩かれてさすがにマズイと思ったか。

ところで、ここまで吊るし上げられたらさすがに竜騎士07は何か言うべきだと思うが、今までにリアクションてとってるのかな?「年寄りは何でもネットとゲームのせいにしやがって!」という若者側の主張はもちろん賛成なんだけど、僕は「残酷な漫画のせいだ!」って気分も分からなくはない。「売れるために衝撃的なシーンを影響とか考えずに多用する」っていう面は絶対若者カルチャーにはあるし。それを敏感な年頃に与えたら宗教化しないはずないじゃん。やっぱ投げっぱなしで火消しをしない、「生きかた」を示せない作家や出版社が責められるのもある意味仕方ない気はする。
ただ本当は、大谷が言うように「社会全体が歪んでいる」んであって、大人は金儲けに走り、子どもは精神を病んで、そのために歪んだ物語が売れる現状があるんだろうけどね。

でも「社会が悪い」って、ジャーナリスト的にどうなんだろ…。


追記。
竜騎士の弁明記事あった。↓
関連記事:[ひぐらしのなく頃に解]「メッセージは伝わっている」 放送中止騒動 竜騎士07さんインタビュー(上) ohmyNews
でも微妙。しょせんはポジショントークか。
  1. 2008/07/23(水) 19:36:32|
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479日目 つながった!

080722.gif

知り合いから僕の描いてる漫画が今年の四季賞春を獲った作品に似てると言われた。気になったのでいま急いでアフタヌーンのバックナンバーを取り寄せてるとこ。
見てみないと何ともいえないけど、単純に僕みたいな感性の作品が評価されるとしたら良いことだと思う。個人的にも、世の中的にも。
でも「似てる」ってのはなぁ…下手クソな方が消えるわけでorz



宮崎駿のアヴァンギャルドな悪夢 たけくまメモ

まがりなりにも老若男女対象の、全国でロードショウ公開されるアニメ映画で、ここまでアヴァンギャルドな作品を俺は見たことがないです。
(中略)
子供が見たら悪夢にうなされるのではないかと思いました。

ポニョのAA作ったwwwwwwwwww  ハムスター速報 2ろぐ
(from 高度資本主義社会の中で生きていくために

080722-ponyo.gif


観 覧 決 定 。
  1. 2008/07/22(火) 21:45:49|
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すさまじい夢を見た。

『ドラえもん』のスピンアウト作品が雑誌で連載していて、なぜか漫画は「ど★エ(どこかのエロ)」というペンネームで木谷椎が描いていた。もちろん「原作:藤子・F・不二雄」のクレジット付きで。
明らかに小学校高学年以上をターゲットにしていて、どうも原作のその後から『結婚前夜』の間をつなぐあたりの話であるようだった。露骨にラブコメ路線で木谷絵のしずかちゃんが大活躍(もちろんあっち方面で)w
ラストでは何と全員結婚して子どもが生まれ(『ミニドラSOS!!!』のあたり)、見開きで連載が「大人向け(のび太世代ルート)」と「子ども向け(のびスケ世代ルート)」の2つに分割されることが高らかに謳われていた。エグすぎてリアリティ高けぇ!

目が覚めてあまりにリアルでコマ割まで思い出せるのと、前にも同じような話を聞いた気がして(それもたぶん夢)ネットで「ドラえもん」wikiっちゃったよw
これ夢ですよね?ソースとかないですよね?なんか現実と虚構の区別がつかなくなっちゃったんですけど…orz

いや~何か変な電波受信しちゃったなぁ…。僕昔から変な夢を見ることが多くて、夢からインスピレーションを得ることがよくあるんだけど、だいたい自分で考えもしないような夢ですよね。自身全然知識がないようなことも詳しく描写したりするし。だから絶対どっかから受信してんだと思います(笑)
でもなぁ、現実問題「偽最終回騒動」とかあったし、まずこんなんありえないよなぁ…。

ちなみに、僕の絵のキャリアは幼稚園のときのらくがき帳をドラえもんとミニ四駆まみれにしたのが原点だったりするので、それが大人になってなんか覚醒したのかも知れない。『こみっくパーティー』で千堂和樹に手塚神が降臨する描写がありますけど、あんな感じでしょうかw

何か霊的なアレを感じるので、藤子F先生の原作版でも貼っときます(ついでに木谷椎の漫画も)…。


ドラえもん 全45巻ドラえもん 全45巻
(2003/09/10)
藤子・F・不二雄

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関連記事:木谷椎作画「灼眼のシャナX Eternal song -遥かなる歌-」第1話試し読み 電撃ドットコム
  1. 2008/07/15(火) 12:00:45|
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日本は2つある。

東京タワー オカンとボクと、時々、オトン(2枚組)東京タワー オカンとボクと、時々、オトン(2枚組)
(2007/10/24)
オダギリジョー松岡錠司

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もとい「物語で描かれる日本像には2つのパターンがある」という話。
最近浴びるように映画を観てたら感じたこと。

1つは具体的な地名、日本的アイコンなどをたよりに(たとえば「東京」)地域性としての等身大ニッポンを描こうとするもの。体験を共有している人たちの共感を得やすいという効果がある。具体例を挙げれば『東京タワー』『ALWAYS 3丁目の夕日』『茄子~スーツケースの渡り鳥』『true tears』『踊る大走査線』『バブルへGO!!』、火サスの旅情殺人モノ、NHKの一連の連続テレビ小説シリーズなど。

もう1つはもっと抽象的、一般的に流通する社会イメージの一部を切り取り、「日本のどこかにあるまち」として理想的な(又は醜悪な)共同幻想ニッポンを描き出すもの。現実逃避の効果がある。作品としては『山のあなた』『猫の恩返し』『僕カノ』『ピアノの森(映画版)』『メゾン・ド・ヒミコ』『空の境界』『花とアリス』『ジョゼと虎と魚たち』『誰も知らない』『クローズド・ノート』『時をかける少女』あたり。『北の国から』も北海道という地域モノではあるけど、ほとんどファンタジーなのでこっち(笑)。あとギャルゲーの学園モノはジャンル自体が“ニュータウン型広告郊外”という、ほとんどただ1つの世界を描いたひとまとまりの物語群として捉えられる。

新海誠の作品については具体的地名をともなうものが多いが、あの場合それを絵的に相当程度美化して描くことによって現実逃避の効果を持つ作品になっていると思う。
またこのあいだ観た『太陽』については天皇が主人公であり、敗戦後の「日本」という消えかけた象徴性を、揺れ動く“人間”ヒロヒトの内面の不安に仮託し、部外者の外国人(連合軍、マッカーサー、監督自身)が観察、介入する構成になっているのでこの場合どっちとも言えない。
映画的には眠かったw

太陽太陽          .
(2007/03/23)
イッセー尾形

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追記。
↓これ面白そうですね。
空想東京百景 (講談社BOX)空想東京百景 (講談社BOX)
(2008/05/08)
ゆずはら としゆきtoi8

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関連記事:「空想東京百景」の歩き方 講談社BOOK倶楽部
  1. 2008/07/13(日) 21:48:40|
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漫画編集者ってバカじゃないか?

というのをふと思った。
アレです。完全に喧嘩売ってます。

編集者だけじゃなく、多くの漫画家も専門学校の講師もだいたいバカじゃないかと思う。というのは「お話づくり」に関してなんだけど、なんというか、漫画業界の関係者から「これは使える」というアドバイスをもらったためしが無いw
だから僕はお話づくりに関しては映画や小説を観たり、新書で社会問題を知ったり、完全に我流でやってる。

このブログを読んでもらえば分かるとおり、僕は内面的にいろいろフクザツな人間で、だから社会に馴染めなかったりニートだったりするのだけど、でもだから自分と同じような人たちの救いになりたいと思って漫画を描いてる。だけど僕が知るかぎりこの業界の人というのは、どうもそういう心情を理解しないどころか、いまだに『ドラゴンボール』とか少年ジャンプの方法論を礼賛しているきらいがある。世代間ギャップなのか何なのか知らないけど、正直怒りを通り越して呆れる。
「あのさぁ…」とか言いたくなるw

そりゃ、僕だって今のジャンプはけっこう好きだよ。
でもさぁ、集英社以外の中小出版社ですら『ドラゴンボール』とか言ってんのはどうかと思うよw 「話をわかりやすく」とか「映える山場のシーンを」とか、持ち込みに行った編集や専門の講師が言うのはだいたいそういうテンプレなこと。ハリウッドかっての。だからジャンプもハリウッドも飽きられて停滞したんだろ(最近はネタとして受容されてるけど)。よく「斜陽の出版業界」みたいなことが言われて、漫画も「これからはケータイコミック」とか言って色々騒がしいんだけど、僕に言わせればそういう関係者の狭い視野こそが、いちばん漫画の可能性を台無しにしてしまっている。
…というかお前らには「ロングテール」という言葉が無いのかと小一時間(ry

あいつらは自分たちの抱えるニッチな雑誌や、マニアックな作家の存在を何だと思っているのかな?結局そういうのを評価するのは熱心な漫画読みや一般紙の漫画特集、社会学者なんかで、内部の人間がそれらを誉めた例を聞いたことがない。たとえば、僕が出会った業界関係者(男性向けに限定される)の中で『ハチクロ』を絶賛してる人なんていなかったよ。
いや、きっとどこかにはいるんだろうけどさ。実際探してる実感からすれば全っ然いないorz 僕の嫌いなブログの代表に「ラノ漫」があるけど、あの人が特別なんじゃなくホントあんなやつばっかり…w

複雑な描写を毛嫌いし、単純な構成のカタルシスに突っ走ること。それが漫画を幼稚な文脈に縛りつけ、一部読者に拒絶反応を生んでいるばかりか、成熟した文化として大人の読書に堪えられる作品を生めない原因になっているのは間違いないと思う。
それがイヤだから、あいつらに「それ以外」の価値を嫌が応にも認めさせてデビューするために、僕は新海誠ばりに演出と表現力に凝った作品をいま描いてるわけで。ただ、僕がこんなにも苦労してハイパーメリトクラシー状態でがんばらなきゃいけないのは、よく考えたらあいつらがバカヤローなせいで…そう思ったらなんか腹立ってきた(怒)。


余談。
半年くらい時間かかったけど、美少女ゲームの『秋色恋華』南条伊吹ルートクリアした。いや~、美少女ゲームって久しぶりにやったけど、やっぱ大事だわ。何というか…話の内容とか展開とかメチャクチャなんだけど(断じて「文学」ではない)、「人を好き」という想いの純度だけはやっぱり半端無い。「恋愛至上主義者」の非モテオタクには絶対必要なものだと思った。
ちなみに“そういうもの”のコミカライズに関しては商業メディアミックスより同人誌のほうが100倍くらい上手いと思う。
  1. 2008/07/12(土) 03:03:01|
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ブログに訪れる2つのデッド・エンド ―あとミクとかピクとか―

@パターン1

時流に遅れないように話題のコンテンツを次々に消費する。

ブログがポータル化(ニュースサイト化)する。

コンテンツ消費に追い立てられる&非人間化してゆく。

自分の現実と(年齢的にも関心的にも)乖離する。

死亡。


@パターン2

「自分なりの意見」を言うべくせっせと感想を上げる。

世間の流行とズレてくる(オッサン化)。

観たい作品とかなくなってくる。

自分語りが多くなる。キチガイ化。

死亡(加藤END)。


僕の見立てでは、けっきょく何かしら自前のコンテンツを持ってないとブログ継続は(主観的にも客観的にも)キツイのかなと。やっぱ消費と生産がリンクしてるやつは強い。
――ちなみにこれ、死亡フラグじゃなく予告ホームランですから(笑)。


これに対してmixiというのは、内内で閉じてて気持ち悪いぶん…ううん、ある程度「気持ち悪くても許される」部分があるのかもと思う。
なぜなら「自分」だから。閉じている分、「自分」というものを出すことが暗に求められている。でなければキャラとして認識されない。おそらくmixiはすべての行動に「自分の」という冠詞がつくんだ。そして公共には届かないが、公共性を意識しなくていいぶん、思ったことを楽に書きやすいのかも知れない。ナルシストな日記厨が多いのもたぶんそのせいw


またpixivというのもレベルの高い絵描きも多く、絵を描くことによってコミュニケーションが喚起される仕組みなので、絵を描くのが好きなヤツにとってはブログよりも敷居が低いだろうと感じる。
しかし、力作を投稿してもランキングに上がるだけで特にその先はないこと。また流行ジャンルの絵を描き散らし、ネタ絵のコミュニケーションに埋没してゆくことを見ると、アレもタコツボ感が免れない。

思ったんだけどpixivって「ギャップイヤー」と同じ役割じゃないだろうか?高い学歴を修めたのにそれに見合う仕事とのマッチングが果たせずにいる人間を、「自分探し」とか言って放浪の旅に出しておく。同じようにほとんどプロまがいの絵描きを、しかし実際そんなに仕事の需要は無いのでとりあえずpixivでワイワイやっててもらう。あるいはセミプロの報われない自己実現欲求をあそこで慰めてもらう。…まあもちろん穿った見方なんですが、ある一面あれは「夢を持て!」とか言われ続けた僕らの墓場であることは間違いない気がする。
  1. 2008/07/10(木) 13:22:36|
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460日目

080703.gif


くやしい!
上月財団の「漫画奨学金」ってのに応募してたんですが二次審査で落とされたorz
受かれば60万もらえたのに…(泣)
あ゛~マジで働かないとだなぁw
一次審査用に描いた漫画はそのうち同人誌にでもしようと思います。



いま『非対称情報の経済学』って本を読んでます。2001年にノーベル賞を取ったスティーグリッツ経済学の解説書なんですがなかなか面白い。

いわく「現実の多くの市場においては、一般的に買い手は購入する情報の質について売り手と同じだけの情報を持っているわけではない。そうした不完全な市場経済においては、伝統的な経済学が主張するような市場調整メカニズムは円滑には働かないのである」

たとえばあるスーパーがセールをやったとしても、その情報を知るのは普段から利用している客と折り込みチラシの入っている新聞をとってる家庭に限定されますよね?だから安いからといって市場経済の原理が働き、日本中から人が押し寄せるような事態にはならないわけです。つまり、需要と供給のバランスから「神の見えざる手」によって価格が適正に決定されるとした従来の経済学が万事において完全なわけではないことを、この理論は指摘してる。
経済学はシロウトですが、「企業は自己の利益のみを追求することが最も社会的利益に貢献できる」とか、「失業者は理論上存在しない」であるとか、いまの社会を支配している従来の新古典派経済学というのがいかに機械的で非人間的な理論であるかというのを知って愕然としますね。そしてこれでは、このお粗末なネオリベ的価値観では社会が良くなるハズねーよと思ったw

あえて少ない知見で言えば、スティーグリッツの経済学というのは経済学におけるポストモダンの理論なんじゃないかと思ったり。従来において消費者というのは生産者と対等の情報力を持つ存在と考えられてきたが、現実的に情報を得るには時間や金銭的コストが発生する以上、消費者はある種の妥協をもって主観的に行動せざるを得ないだろう。だからそういう局面においては、低価格を重視する消費者や「食の安全」を重視する消費者に価値観が分裂する「島宇宙化」が避けられず、したがって従来の公共的(大衆的)幸福感というのは成立し得ないものになってしまう。つまり「万人に受け入れられる商品」というのはもう存在しないんだと僕は思う。

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「島宇宙化」

だけど僕は理想主義者なので、やはり社会というのは島宇宙化を前提としたうえで万人が幸せであるべきだと思うわけです。特に経済が至上価値である日本においては、幸福を定義する3大要素(金、恋愛、仕事)のうち金銭が占める割合がもっとも大きいと僕は思う。
結局いまの日本社会ってのは、稼ぎが大きい人ほど幸せが実感できるように感じられてならないんですよね。でもほんとうは、資本主義を前提とするなら金持ちも貧乏人もそれぞれの幸せを感じられる社会(『CLANNAD』的世界観)でなければ正直耐えられないと思うんですよ。
その意味で経済学の更なる発展を願って止みません。

結論。
金くれ。


非対称情報の経済学―スティグリッツと新しい経済学 (光文社新書)非対称情報の経済学―スティグリッツと新しい経済学 (光文社新書)
(2002/07)
薮下 史郎

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  1. 2008/07/03(木) 23:23:36|
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PROFILE

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