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善きフリーター、悪党ニート。

やれやれ――31歳フリー"ライター"、希望は戦争 高度資本主義社会の中で生きていくために

いやぁ、本当によく思うことではありますが(笑)、赤木さんはずるいんだよなぁー、印税儲かってるだろうしなぁー、今やウィキペディアに項目があるほどの有名人!そのくせ、「私は弱者です」って顔してるんだから。


いやぁ、それは思うけど僕も人のこと言えないんだよなw そういう戦略的なスタンスを「悪」とするなら、おそらく世の中で活躍してるほとんどのヤツはアウトだし(特にデザイナーとかディレクターとかのウ○コ!)、まあ僕は今んとこ社会から除け者にされてるから「死ね!」とかボロクソに言ってますけどw
…ただ一応、そういうスタンスも問題ありなのは自覚してる。


本当に「夢追いフリーター」は有効か?
たとえば世間で言われる「良いフリーター」に疑問があるんですよ。

悪いフリーターとは「目的もなしにやっているフリーター」であって、きちんと「目的があって」それになるための準備期間、または「やりたいことを見つける準備期間」としてやっているのは「良いフリーター」なのだ。
(速水健朗『自分探しが止まらない』/ソフトバンク新書)


速水健朗によれば、こういう目的のためにやっている「良いフリーター」は親とか社会からの理解も得やすいらしいんですが…それってどうよ?って気がする。

たしかに経済的に自立してるのは立派かも知れないが、なんか何の考えもなしに「夢に向かって頑張るオレカコイイ」とか浸ってる感じがするんですよね…。ましてや「やりたいことを見つける準備期間」とか何なの?w 逆に僕は少し赤木を見習ったほうがいいんじゃねーかという気にすらなる。
何か、こういう下流の若者に対してやたら儒教的な礼節を求める向きがある気がするんですけど…そうは言っても、やっぱりここも薄汚い現代社会の一部ですから。現状そういうのに馴染めないから底辺に甘んじているわけだけど、やっぱり這い上がるにはそういうある種ズルイやり方を選択して、One of themから差別化する必要が生じると思うんですよ。この社会で生きていく限りはね。

ただ、赤木智弘はもはや弱者一般とは明らかに差別化されているから、それでも公共的な立場を採らず自分にこだわり続けるんであれば、そのうち絶対方法論的に行き詰まる気はするんですけどね。
さて僕はどうしようか…。


関連記事:『若者を見殺しにする国』 腐った平和へ、アンチとしての「希望は戦争」

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外人に「日本」というものを一言で説明するなら「物語の不全」 ―八百万の神→神の不在へ―

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OLYMPUS E-500

いや、タイトルで言い切ってしまった感はあるw 我ながらいいタイトル!(自画自賛乙)
某所で『靖国』のテーマが「島宇宙化した歴史&日本人どうし言葉が通じないこと」だと知って「お、結構いいんじゃね?」とは思いつつも、右翼恐いから観に行かない。てか賛成にしろ反対にしろ盛り上がってるヤツらがキモくて仕方ない。おまえら日本大好きだな!w

国民国家なんて概念は所詮近代のフィクションであり、現状何となくそれなりに社会をうまく回すための方便ですよ(もちろん方便は大事です)。それが現代から江戸幕府~大和朝廷まで由緒正しく続いてきたなんて考え方は、たしかに天皇家とかその周辺をみれば正しいのかも知れないけど、先祖が東北の農家のオレには全然関係ねえ。かといって別に今さら「蝦夷文化圏の民族自決を!」とか叫び出すアホはいないでしょうけど…w
別に何を信じようと自由だし、それはそれで正しいのがポストモダン社会なんでしょうが、でも現実問題僕が日本に感じる「恩義」的なものって、比較的裕福で治安のよい「日本語文化圏」に生まれてヨカッタ!くらいしか無いんですよ。それはむしろ物語というよりは何だかんだで充実してる公共インフラや昔は良かった景気という現象に対してだろうし、「それを団塊世代が作ったんだ」というプロジェクトX的なものって、まあ関係なくはないだろうけどあんま実感はないですよねぇ…それを言ったらどうして「日本人」で区切るのかも変だし。

僕は電車とかで乗り合わせる、自分とはまったく無関係のひとびとを「仲間」とは思わないし、その意味で外国人と何ら変わりない。…ただ、ときどき見るに耐えないマナーの悪さとかあったりすると、やっぱ最低限の意思疎通(公共性)ぐらいはできないとヤバイんじゃねーかという気はするんですけどね…。
そしてこういう状況って、もしかしたら日本に限らず世界中で起こってるのかもなー、と思う。だとしたら「物語の不全」っていう日本の説明は適当じゃないですよね。…ただ、現代日本からそれを取って残るものっていったら、安価に大衆化した「美しい国日本」以上のものは何も無い気がするんだけど…。




余談。
ちなみに自分の最近の所属が「日本」ていうより「ネットヌルオタ文化圏」て気がしてならない。おそらく僕の中の“日本的イメージ”なんて『トトロ』と『東方』と『Kanon』あたりで終了ですよ、たぶんwww


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  1. 2008/05/09(金) 19:34:53|
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負けず嫌いのメソッド ーGWに考えたことー

ルルーシュ
「ナナリーを罠として、ナナリーを……。スザク!!どれだけ友達の顔をしていようと、お前の本性はオレを皇帝に売り払った人非人だ!」

(コードギアス 反逆のルルーシュR2「TURN06 太平洋 奇襲 作戦」予告)


ギアスR2の5話はマルチとかルイズとか色々面白かったんだけど(作監出て来いやw)、個人的にも今回は好き。…というのもルルーシュと同じ目に僕もGWに遭っていて、不相応にもいまオレはルルーシュにめっちゃ感情移入してる。
てかオレがルルーシュだ!(←婦女子に殺されるぞ(笑))

――5話のラストでルルーシュはスザクと直接対決し、スザクから婉曲的に自分に屈することを迫られるわけだが、簡単に言えば、ルルーシュとスザクはほぼ同じ理想を目指しているのに、革命で理想を目指すルルーシュは、エリート的に清濁併せ呑んで結果を出そうとするスザクのやり方が許せない。それはいかにも潔癖で、中二病気質のルルの性格をよく表しているのだけど、現状うまくいってるのは明らかにスザクのほうで、現実世界でも「革命」なんてものはなかなか思うようにはいかない。

また、個人的に僕もGWに色んな旧知の友人と会って話したのだけど、はっきり言ってちょっとみじめな気分だった。
例えば、既存の社会が不完全であることは承知しつつも、それでも大多数の公益に福祉するために頑張ってるヤツがいた。東京的な価値観への適応を潔く諦めて、地方でやれることをやろうとしているヤツや、カーニバル的妄想から醒めて、自分を見据え居場所を作ったヤツ。「金のため」と割り切って働き、着実に数年後の飛翔に備えるヤツ。文句を言いながらもあくまでも社会に出て夢を目指すヤツ。…そして、プラス思考でこの世の善意を一身に受けながら、すいすいステップアップしていくヤツ。
…それに対して、結局僕はただのニート。特に最後のヤツなんか僕は勝手にライバル視していて、僕がルルーシュだとすれば(だからツッコむなって…)ヤツはスザクなんだけど、アイツはオレなんか歯牙にもかけてないだろうな、たぶん…。

スキルや努力や知識なら、友達の誰と比べたって決して負ける気はしない。それに僕の生き方だって夢に一心に向かって、ある程度才能も伴っていて、憧れられる要素はあるはずなのだ。――なのに自分でそれがツライのは、たぶん案外僕の心根はレディ・メイドで承認欲求が強い上に、思いっきりの負けず嫌いだからだろう。


負けず嫌いは不幸になる
例えば、基本的に人生は選択肢であり、多様な幸せのすべてを手に入れることはできない。…にも関わらず、僕は上で挙げた友人全員に嫉妬しているし、「創作を追及する自由」という自分の幸せすらも手放したくない。
…思うに「負けず嫌い」とは、絶え間なく続く欲望への飢えだ。その姿は一見ストイックで模範的だが、しかしその本質は…自分を顧みる限り“根っこ”が無いのだと思う。「自分が“ただ”そこにいていい」という安心が無いから、絶えず自分を磨き続け、自分に価値を与えようとする。僕の場合は主に「知識」だった。…その結果、他人が意識せず素直に従っているものにすら疑問を感じるようになり、まっとうな社会生活すら送れない。…もちろん、それだって才能ではある(批評性、新しい価値の“ネタ”さがし)のだけど…まあ、「フツーの幸せ」ではないわなw

だから僕はあくまで「みんな500万くらい貰って、好きなことをして楽しく暮らせればいいじゃん」と考える人間であって、野心はまったく無い。

「やりたくないこと」で食ってるヤツが「やりたいこと」をしてるヤツより儲けてるのはおかしい。 ニートのかんさつ日記


だから僕がこのエントリで言ったことは、半分正しいけど半分は間違いだ。…たしかに僕に野心は無い。無いけど、嫉妬心はあるので他人と平等じゃないと気がすまないわけだ。そして完璧な「平等」なんてのは、理論の上でしかありえないわけで。…つまり僕は、死ぬまで他人をうらやんであがき続けるんだろう。――そしてこれが、「決断主義のその先」云々以前にルルーシュが絶対幸せになれないだろうと考える個人的な根拠でもある。理想主義者なんて性格自体が不幸の素だ。

……多かれ少なかれ、そういう類の欠落は誰にでもあると思うし、それが人生の選択につながっていくのだろうけど…稀に「神の子なんじゃないか」というぐらいそういうのを感じさせないヤツがいて、僕の知り合いで特に顕著なのがその仮想スザクだったりする。ちょっと彼の話をすれば、とにかく人の善意しかコミットしない人で、他人の悪意というものが見えないのか見ないようにしてるのか(おそらく後者だろう)、世渡りが本当に上手い。――物事の呑み込みが早くて、頭もいいんだけど、難しすぎる本は避けてインテリ的な憂鬱は回避し、ポジティブシンキングを維持する。本人いわく「会社もやりがいあって楽しいし、昇給したし、専務に『幹部候補』って言われた」そうで、ウソみたいな話だけどホントに会社の金で特別研修とか受けて、着実にスキルアップしてる(対するオレは身銭切っていわゆる「クリエイティブ搾取」)。おそらくエリート教育の持つ格差構造には完全に無自覚だろう。
要するに、それはそれで相当歪んでるんだけどメチャクチャ現代社会に適応した歪みなんだよねたぶんw 文章だけで読んでるとおそらく最悪にムカつくヤツだろうけど、じっさい本人メチャクチャいいヤツだったりするから救えねえorz

――ただ、さすがにもう25年もこの性格でやってきたので、死なない程度には幸せになる戦略もメンタルも持ち併せているつもりだ。たぶん自分が「本当に欲しいもの」は全部5年以内には手に入れている気がするし(その頃には周りはすっかり冷めてたりするのだけどw)、この性格もバイタリティに溢れているという意味ではかなり強い武器だ。ゴールデンウィークは疲れも溜まってたし、ちょっと憂鬱だったけど、負けない!金も地位も名誉も、稀有なクリエイションの才能も一般人の幸せも、全部手に入れる。うおーやるぜ!

…と、自己洗脳完了。我ながらイタイw
ところで、前シリーズもそうだったけど『コードギアス』はエンターテイメントに徹していて、あざといと言うかズルイな。でもあのズルさは見習うべきかも知れんw
  1. 2008/05/08(木) 00:45:40|
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二次創作はファンの活力を吸い取って、原作の花を咲かすのか。

佐々木敦「何かある程度『こういうことを表現したいんだったら、表現をして人様にそれを伝えるに至るまでに、ある段階が必要だよ』っていうような段階が、膨らみすぎちゃったから、いろんな意味で。歴史がもういっぱいあるし」
鈴木謙介「あー、『あれも学べ』とか『これも観ろ』とか?」
佐々木「そう、要するに勉強することが増えすぎちゃったんで、もうそんなことやってらんないよ」
鈴木「たしかに」
佐々木「『とりあえずまず実践だぁ!』みたいな形になっていると」

文化系トークラジオLife「表現する人・したい人」)


前エントリのタイトル「作り手があまり発言しないのは、ただ単に忙しいから。」や、時間が有限であることを考えると、現実問題、世の中のすべてのことを体験するのは不可能だ。
だから「アイツが体験していることを自分が体験していない」とか、「あの本を読んでいない」とかで引け目を感じる必要はないし、それよりもむしろ提示される多様な可能性のなかで、どれを自分の「本当に必要なもの」とするか(したいか)?という取捨選択が重要になってくる気がする。

良くないのは、自分が納得してではなく「何となく」色々手を出しちゃってる人が多いんじゃないか、ってことなんだよね。ブログやニコニコ動画、SNSの繁盛ぶりを見てると、僕は最近心配になってくる…。
果たして、CGや動画を作るスキルが万人に必要なんだろうか?それが自分の身になるならともかく…まして二次創作というのはムーブメントは作るが、二次の作り手が得られるものは少ない気がする。

本来こういう考え方は嫌いだが、「戦略」が必要だと思う。あらゆる意味で努力の対価を得られるだけの戦略が。もちろん愛のないクリエイションに価値はないだろうけど、愛だけでもけっきょく長続きしない。二次創作にしろ何にしろ、いま自分の行っている活動が「何のためにやっているのか?」という目的意識があったほうが良いと思う。
たとえば絵を描くにしても、同人誌や動画を作るにしても、それを作ることで自分はどうしたいのか? スキルアップしたいのか、コミュニケーションしたいのか、他人から評価されたいのか、あるいは評価を得られたとして、自分はそれで仕事をもらってお金を得たいのか、それともただの趣味か。また趣味だとして、何が自分にとって「楽しいこと」なのか。
それは頭のすみに置いといたほうがいい。

――と、ここまで書いて「これ何て自己啓発だよ!?」と自分でドン引きしてしまったオレwww ヤダよ杉村太郎みたいでキモイよ!orz
…まぁ、でもこういう「お前の本当にやりたいことは何なのか?」みたいなマインドは、ナチュラルに僕の中にあるんですよねたぶん。たとえば就活とかに絡めて言えば、僕にとってサラリーマンになることが自分に資するとはどうしても思えなかったし。むしろ有限なこの人生の中で、「生活」と「創作」が分断されてしまうことをすごく重荷に感じたし、おそらくどっちも中途半端になってしまって、良い将来ではないなと感じた。
よく僕は「サラリーマンは大したことしてないクセに、給料いっぱいもらってズルイ!」という発言をしますが、まず大前提として、僕は“決断”してそれを捨ててる、ってのはある。あくまで僕にとって1は創作で、お金は2の次なんですよ。
もちろんだからって「やりがいの搾取」は許せるわけじゃないから、反発はするんですけどねw

――表題に引き寄せて考えると、だから二次創作するのはべつにいいと思うんだけど、それに自分の大切な時間が吸い取られているわけだから、対価はあったほうがいいよね、ってことなんですよ。


関連記事:新人(にいと)P 誕生
  1. 2008/05/04(日) 23:16:36|
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作り手があまり発言しないのは、ただ単に忙しいから。




じゃねーのかと自分で描いてて思ったw

例の30日〆切の短編を無事提出しまして、そのあと実家に帰郷しておりました。
個人的に作り手はもっと色々発言した方がいいと思ってるんで、マメにブログ書きたいんですがね…orz

それでも今回めずらしくスケジュール的には順調で、作画クオリティも現状持ってる力は出せたし、提出前にコピーセンターでスキャンも取れたんで、個人的にはかなり満足してます。可能ならネットで公開したい。

…ちなみに、こだわってた“例のアレ”はこうなりました。↓

080501-Yume02.jpg
アレ。
  1. 2008/05/04(日) 21:19:41|
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PROFILE

  職業ニート
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