スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. Permlink|
  3. スポンサー広告|
  4. トラックバック(-)|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

365日目

080328-Rainbow2.jpg
インスタント・レインボー
OLYMPUS E-500


日付またいでの更新。
昨日の日中、ひさびさにアキバに降り立ちました。部屋に収納しきれなくなったパソゲーの箱(でかいんじゃ!)を売っ払うために。
『AIR』初回版とか2000円で売れました。しめて6000円強です。
『ギャラクシーエンジェル』のゲームとかかなり好きだったんでちょっと惜しいんですけど、僕は作り手になるんだからゲームをやってるヒマはない。だからいいんです、決意を示すには。

誰か欲しいひとがいればあげても良かったんだけど、最近の僕の身内にはオタクがいないんですよね(オタ友はそれぞれの人生を歩いていて、今は年に1度会うくらいです)。

その後大学の研究室の同期と飲み会してきました。ウチの研究室ではこの1年で会社辞めたヤツが2人、ニートが1人(オレw)だそうです。あと院卒でアトリエ系にいった先輩はやっぱ大変そうだったな…。

明日はうちの近所で美術部の仲間と花見。天気が微妙らしいけど、晴れるといいな…。



ギャラクシーエンジェル DVD-ROM版ギャラクシーエンジェル DVD-ROM版
(2002/12/20)
Windows

商品詳細を見る
  1. スポンサーサイト
  2. 2008/03/30(日) 02:30:48|
  3. Permlink|
  4. かんさつ日記|
  5. トラックバック:0|
  6. コメント(-)|
  7. このエントリーを含むはてなブックマーク

ああ、お前も春か。


adidas J-RUN LOW

080328-J-RUN-LOW2.jpg


↓の記事参照(笑)
白いくつは履きはじめに勇気要るなぁw
近所のロ○ャースで\3,000で買ったんだけど、本物なんだろうか…。
  1. 2008/03/28(金) 19:03:17|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

357日目


OLYMPUS E-500

天気良すぎ!
こんなにポカポカしてたら何もやる気出ないよ…。書きたいトピックはあるんだけど、やる気出ないんで日記ですw

春の“切断効果”
春って何かむしょーに“新しいこと”を始めたくなる。服買ってみたり、無印で家具買ったり(笑)、外もぽっかぽかでまるで「出ておいでよ」って言われてる気分。世の中も今までのことに3月で区切りつけて、4月からは新生活を――って習わしですよね。
でも残念ながらニートなので、なんにも変化が無いんだよなぁ…やっぱこのへんが社会から外れてるとダメですねw 大学生の頃は2年に1回とか引っ越しするから楽しいよなぁ、いま考えると相当金使ってるけどさ。

ただね、これは僕にしてはめずらしく「大人」の側からの問題意識なんだけど、「何でもかんでも“終わらしゃいい”ってもんじゃねえだろ」って思うんですよね。ずっと継続的な努力だって必要なわけですよ。子どもは勝手に学年変わって区切りつくからいいけどさ。
何かそんな気分がアニメ観てても被ってきて、最近怒涛のように終わってますけど、どうもグッと来ない。『ガンダム00』も『CLANNAD』も、そりゃ自分ら的には「決戦の時」なのかも知れないけど、僕らの戦いであるこの「終わりなき日常」にそんな分かりやすいピークは無いし、良かれ悪しかれダラダラ続いてくわけで。あ、「大人」の話ですよ?
『CLANNAD』もなぁ、文句…までいかないけど明らかに尺足りてないよね。「終わったメッセージ」にしろ何にしろ本質までは言えてなくて、アニメ分だけだといかにもなソープオペラで終わってると思う。渚の親父が大声張り上げて駆け込んできた時には、もうオレ帰ろうかと思いましたもん(どこに)…もうね、『中学生日記』かよ!とorz
あと1回番外編があるみたいだけど、そういう話じゃないだろうしなぁ…。

物語が「物語」であるのは。
単純に「終わってしまうから」でしょうね、と観てて思った。巷に溢れてる(売り買いされてる)「物語」ってのは結局誰かの人生の余剰価値に根差してるもので、誰かの人生“そのもの”ではないだろうし。――ということは多かれ少なかれ「ご都合主義」に陥っちゃうわけですよ。そういう意味でこの『CLANNAD』を評価するなら、いわゆるホームドラマへの認識も改めなきゃいけない気がするので僕はいい顔しません。せーの、
「つまんねーぞ!」(゚Д゚)


余談。
「物語」のテンプレを利用しつつも、なかなか「終わらない」私たちオリジナルの人生を楽しく生きたいなと思う。おそらく、自分の中で“区切り”を設定していくことが大事なのかも。ちょっとできる範囲でアプローチを変えてみる、とか。

…というわけで、
いちおうシナリオのプロット完成。これからネームに入ります。厳密に言うとまだラストの流れがあやふやなんだけど、ネーム切ったら絶対話変わってくるし、春だし…まあいいかw(オレも新生活したいんだよ!)
  1. 2008/03/22(土) 19:43:14|
  2. Permlink|
  3. かんさつ日記|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

353日目

風邪ひきました。(´・ω・`)
外から帰ったらうがいは欠かさない人間なんですが、どんなに予防してても罹るときは罹るもんですね。友だちとメシ食ったんだけど、どうも移されたっぽいw
昨日一日寝てたらブログ書く程度には回復しました。


あと、Amazonのリストを整理したり、ほしい本を追加したりした。
何か最近マイストアの「おすすめ商品」がぜんぜんグッと来なくて…たぶん『繰り世界のエトランジェ』とか新書本とかをほしい物リストに突っ込みまくったせいだと思うんですが。とりあえず1、2、3が全部東浩紀ってのはマジキモイんで勘弁して下さいw

Amazonのリストって同じ毛色のものを探すのにはいいけど、発展性はないなぁ…。


繰り世界のエトランジェ 第1幕 (1) (角川スニーカー文庫 202-1)繰り世界のエトランジェ 第1幕 (1) (角川スニーカー文庫 202-1)
(2007/07)
赤月 黎

商品詳細を見る
  1. 2008/03/18(火) 20:53:59|
  2. Permlink|
  3. かんさつ日記|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

351日目 春色の草花

080315-Spring.jpg
OLYMPUS E-500

これ何に見えます?
実は昨日の写真と同じ梅の木なんです。
拡大するとなんか別の植物みたいに見えるから不思議。
  1. 2008/03/16(日) 12:40:27|
  2. Permlink|
  3. かんさつ日記|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

350日目 U and ME

080313-Ume.jpg
OLYMPUS E-500

近所で梅が咲きました。もうすっかり春なんですね。
でも僕はあいかわらずオリジナルの話をを悶々と考えてるので、まだそんな気分じゃないです…。
しかも冬の話だしw


またブックマークのメモです。これはだいたいウチの記事をマークしてくれたマーカーさんのリストから引っ張ってきてます。僕にとってブログを訪れてくれる方は読み手というだけでなく、有益な情報をくれる大切な情報源でもあります。ほんとに感謝してます。m(_ _)m
本来ならソースを明示するべきでしょうが、ちょっとありすぎて憶えてないんでどうかご容赦下さいw


はてなについて、はてなようせいに聞いてきました kawanon日記 しばらくはてなようせいネタかも
「そうだ、スーパーハッカーになるぞ! 」
これはwwwこの方向性は ・w・さん、かなり好きじゃないですか?(笑)


イラスト作者とtumblrユーザー間の論争 ARTIFACT ―人工事実―

tumblr利用者の意見は、現在のネットにおいて繋がりの社会性がいかに重要かというのを指し示す典型例だと言っていたんだけど、コンテンツ制作者からすると、コンテンツはネットユーザーが繋がるための素材でしかないという扱いを受けていると感じているんだろう。「お前らが繋がって楽しむために、作って発表しているんじゃねーよ!」っていう。

関連記事:なぜYahoo!ブログやNAVERブログの転載機能はダメでtumblrはokなのか?  ARTIFACT ―人工事実―
関連Link:Tumblr〈公式〉
関連記事:Tumblelog Wikipedia
関連記事:Tumblr はじめてガイド なつみかん@はてな
関連記事:これから15分でtumblrを始めるための資料 Blog::Overlasting::Net

著作権侵害Blog「tumblr(タンブラー)」関連。みんなtumblrやろうぜ!(笑)
絵描き側の「お前らのために絵描いてんじゃねえよ」的な気分は分かるけど、現実問題こういうことは工学的なシステムが規定してることで、倫理問題じゃない。だからこれから絵を描く人は「そういうのが前提だ」と思ってネットを使うしかないんじゃない?具体的に言えばサイトに“All Rights Reserved.”と描こうが絵にサイン入れようがそんなものは防護策にならない以上、転載されたくなければ「ネットに挙げない」というのがやっぱり一線だと思う。結果的にそれでネットが過疎るとしても、まあそれはしょうがないよね。
ただ、個人的にはそうやって引きこもるよりは、空木あんぐとかみたいにどんどんフリーダムに突っ込んでったほうが、結果的に絵で食っていくにはいい気はするね。

あと、ちょっと面白いのはpixivはゲイテットコミュニティだけど別に転載対策とかしてるわけじゃないってことなんだよね。普通に保存できるし。

関連記事:もうウエブ上に掲載したコンテンツは著作権を放棄しますって事で良いんじゃね? 煩悩是道場
関連記事:共有(≠無断転載)という概念再確認 萌え理論Blog
関連記事:作者達が今本当に求めているのはお金ではなく安心 Yoshikawaの出張所


「ネットの怖さ知って」ライナス学園長 MSN産経ニュース
“インターネット掲示板「2ちゃんねる」の中傷により児童・生徒が激減”NPO法人「ライナスの会」が解散へ ⊂⌒⊃。Д。)⊃カジ速≡≡≡⊂⌒つ゚Д゚)つFull Auto

産経の記事読んでから、疑わしく思ってログ検索。
これ2ちゃん関係ないね。とばっちりだよ。
2ちゃん的なものに現代社会の問題が収斂してくのは確かだが、果たしてそれは2ちゃんのせいなのか?という難しいところ。

関連記事:漫画家を自殺に追い込んだ?アンチブログが炎上で閉鎖 #探偵ファイル/ニュースウォッチ はてなブックマーク
こっちはちょっと重い。いろいろ…。


Amazonの「ほしい物リスト」、メアドから本名を特定できる機能で祭りに 日刊スレッドガイド(from Shamrock’s Cafe

僕が試したときはエラーになってダメだった。
「メアド検索」が穴なんだよね。猫猫先生も言ってるように前からウィッシュリスト検索自体は出来てて、僕はあぶないなと思って非公開にしてたのでセーフ。
でも正直…好きだった子の名前とか検索したことはある(コラ!)orz


2008-03-12 BLUE ON BLUE(XPD SIDE)

宇野常寛に「東浩紀の劣化コピー」とdisられた。単なるワナビから1段階ランクアップした模様。
「blog論壇の有象無象」扱いの癖に「crow_henmiさん」とかさん付けで呼ばれる。なるほど根は善良な市民なのだな。

crowさん超がんがれ!


ねたミシュラン ★法的に許されても人道的に許せないんだよこーゆー奴は はてなブックマーク
たとえばこういうヤツを想定したとき、惑星メソッドはマジで使えないと思うわけ。


リアルこなた書けたよー☆ イミフwwwうはwwwwおkwwww
フ ァ ン は 見 る な w


名セリフは環境や状況が言わせる。 モノーキー
kamimagiさんは僕の天声人語。


追記:Last Stage (WHITE ALBUM 同人誌即売会)の勢力図 摂津堂テクスト/日記のような、何か
こんなイベントあったのか。理奈強すぎ。
イベント自体は無事終わったみたい。公式に飛んでみたら、参加サークルが老舗の大手だらけw 再評価の波が来てるんだろうか…。


ブログをつくったときのチェックリスト IDEA*IDEA

はじめたばっかりのときは2万PV/月あたりを目指しつつ、5万、10万、20万、50万、100万、とバーをあげていきましょう。

…ごめん、涙で記事が見えないorz


After dark till dawn 内田樹の研究室

「どうして村上春樹は評価されないのか」という根源的な問いへ進む。
もちろん、それは批評家たちの批評基準が、文学における「方法論的自覚」とか、「前衛性・革命性」とか、「自己剔抉の徹底性」とか、「被抑圧者のまなざしに肉迫」とか、そういう定型にいまだにとらえられたままだからである。
そのフレームワークから見れば、たしかに村上作品は「シティ文学」とか「リゾート文学」とかいうような、いかなる前衛性も革命性もないところの「知的消費財」にしか見えないだろう。


「文化的雪かき」で検索したらトップに出てきたもの。
正直、村上も内田もフェミ臭がするのでいままで避けてきた。このあいだの『Pen』か何かの内田樹特集を読んで、一層「社会の荒波を巧みに泳いでるヤツ」という印象は強い。
ただなんか、文脈的に読んだほうが良さそうなんだよなぁ。今度村上好きの友だちから借りようかな…。
「シティ文学」は今時代の気分に合って再評価の流れなんだろうけど、でもなぁ、『なんとなくクリスタル』とか中身まったく無かったと思うんだよなぁ…。

関連記事:内田樹先生のブログを読めば、家族についての記述があって、それはプレゼンテーション的にうまいなと思う。 モモログ
  1. 2008/03/15(土) 22:19:00|
  2. Permlink|
  3. かんさつ日記|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

「文化的雪かき」って食えんの?

080313-Suzune.jpg
仙台みやげの“発砲清酒”「すず音」です(名前がエロゲっぽい)。
前買ったら美味しかったので。
OLYMPUS E-500


せっかくKeiさんが図まで使ってイイ球放ってくれたのに何も答えてなかったので、ちょっと改めて考えなきゃなと思う。たぶんとりとめがなくなるので、「30分限定」で縛って考える。Keiさんすみません、図面お借りします。

『CLANNAD』は人生、って言い出し奴マジ誰だよ。つい調子に乗って、『CLANNAD』で人生を語ってしまった(笑) 高度資本主義社会の中で生きていくために

「高度資本主義社会」自体を変えようとか、コミットしようとかぶっちゃけ"もう"思わない(昔は結構思ってたんですけどね…)。とりあえず「文化的雪かき」をしながら、幸せ探して生きていくしかなくね?という意味で僕はつけているので、そういう意味では『CLANNAD』的なのかもしれません。

関連記事:コメント返信 高度資本主義社会の中で生きていくために

詳しくはKeiさんのブログを見てもらうとして、要は↑の発言に対して僕が「いや、やっぱ理想主義っしょ!」みたいなことを言ったら速やかにこの図↓が出てきた。で、僕は自分の考えをまったく論理的に捉えたことがなかったので“落ちた”ワケです(弱)w

080314 Doordinate
from「高度資本主義社会の中で生きていくために」

「集団性」⇔「個体性」、「情報化」⇔「物語化」のベクトルで構成されていて、動物化=東浩紀、村上春樹、スノビズム=宮台真司がプロットされている(大塚英志はどこだろ)。あなたはこの図のどこ?ということです。

で、やっぱり僕にとって大事なパラメータは「物語化」なんですよね。ただ、大塚英志みたいに「ベタに信じてる」わけじゃないし、宮台真司みたいに「あえて作り出そう」としてるわけでもないことは言いたい。

今回考えて思ったが、僕はどうも物語を「生きている限り踏まざるをえないもの」と捉えているらしい。なぜなら、人々の人生経験をある程度一般化して、しかも“美化”したものが「物語」だと考えるから。
たとえば、今あなたが生まれてきたとして、あなたは「物語」なんて知りもしない。だけどあなたは父と母の子として生まれ、その庇護の下で育てられることで、ある意味「父と母の物語」の支配下に置かれている。もちろん、親が子どもが嫌いで捨てられたら物語からは逃れるが=即「死」が待ってる。また、万が一マフィアに拾われて“殺人マシーン”として育てられたとしたら(なにその陳腐なハナシw)、それは「マフィアの物語」になる。
つまり「生きている限りは物語が付きまとう」ということ。要は物語とは「枠組み」のようなもので、人がものごとを捉える時に欠かせない。たとえば何か短期スパンで予定を立てるにしても、あるいは長期スパンで「自分はこういう仕事をしてこういう人生プランを持って生きていく」としても、それは逃れようもなく「そうなればいーなーという物語」の中を生きていると言えてしまう。

で問題なのは、自分で生計を立てている大人ならそれはどういう物語にしろ無数の中の「自分の選択の結果」だからまあいいんだけど(よくもないが)、子どもには選べる物語の選択肢が少ないということがある。具体的に言うと「学校で楽しく生きる」という物語がダメになるとけっこうキツイと思う。だからそういう意味で子どもにとって物語は「必要である」と考えるし、同時に普通の少年でもスポーツ少年でもヤンキーでもギャルでもオタクでも、「とりあえず学校という枠組みの中に踏み止まれる」ような多様な文脈の物語と、同時にそれらには「社会的有効性」が求められなくてはならないと僕は強く思う。

あと、はっきり言えば僕自身はもう「物語」はあまり必要と思わないかな、という感じ。
「物語化」以外喋れなかった…orz
(ヒマなときまた考えますね。その他の要素との関わりも何となく見えたんで)
  1. 2008/03/14(金) 21:05:10|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

349日目 Sectioned sky.

080313-Sectioned-sky.jpg
OLYMPUS E-500
空の境界」なんちてw


なんか『ARIA』の感想をニュースサイトのゴルゴ31さんに取り上げてもらったみたいで。今日1日で普段の2ヶ月分ぐらい来てます。スゲーなニュースサイトw
ゴルゴさんどうもありがとう。
  1. 2008/03/14(金) 15:43:01|
  2. Permlink|
  3. かんさつ日記|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

「空気系」の提唱者って同人作家さんなんだ。―『ARIA』ネタ集―

【ARIA】アリスでウッーウッーウマウマ
FC2の「ニコニコ外部プレーヤー」対応まだー?☆チン ☆チン\_/\\( ・∀・)

前回のエントリにブクマついて、ちょっとARIAへの愛が報われた気がする(笑)
はてなのみなさんありがとう。
「ARIA」タグ漁ってたらけっこう色々面白いもんが出てきたんでメモっときます。


最近、『らき☆すた』とかのユルアニメや『まんがタイムきらら』で連載してるような萌え四コマを「空気系」って呼ぶけど、どうもその発祥らしきエントリにぶち当たった。
なんと『ARIA』が根拠の1つとして挙げられている。

『空気系』とでも呼ぶべき作品群について。 妄想楼

『よつばと!』、『あずまんが大王』、『ARIA』、『苺ましまろ』、そして『ヨコハマ買い出し紀行』。

僕はこの辺りの作品群に、とても近いものを感じるのです。それは、物語全体を通した主題、テーマというものに起承転結を持たない点です。違う言い方で言うならば、1話だけでも、その主題がきちんと描写されている、ということになりますか。

関連記事:『空気系』作品の特徴は何だろうか 妄想楼
関連記事:『空気』は『内的空気』と『外的空気』に分けられる? - 『空気系』問題 妄想楼
関連記事:『空気系』総論 ~萌え4コママンガと萌えギャグマンガとスローライフコミック~ 妄想楼

関係ないけどここの管理人の高橋理化さんがやってることって、ほとんど僕の夢そのものなんですよ。漫画描いて書評もバリバリやるっていう。
一気にファンになっちゃいました。(^o^*)

高橋さんは「空気系」をこう定義する。

 1.物語全体を通したテーマにクライマックスシーンを持たない
 2.その仮想世界・仮想空間の雰囲気を描くことに重点を置いている

空気系の一部をヒーリングコミックと呼ぶとすれば、何となく良さげな感じもします。

先に実感が伴ってるので、僕も概ねうなづけるんだけど、本人ご指摘のようにけっこう問題の多い定義でもあると思う。「なつみかん。」なんかはこれに同調的な記事を書いてるけど、当時ブクマコメやこの界隈では、それに対する議論が続いたみたい。↓

▽「空気系」議論の断片
「ARIA」が描く「空気」以上の何か なつみかん。
なつみかん。 | 「ARIA」が描く「空気」以上の何か はてなブックマーク
空気系はスローライフコミックといわれているものではないのか はてなブックマーク
樹海エンターテイナー:『空気系』とでも呼ぶべき作品群について。 はてなブックマーク

ぼくはこの「空気系議論」の文脈を知らないのでとんちんかんなことを言ってしまうだろうし、正直ややこしい定義問題には深入りしたくない。
そもそも僕は『らき☆すた』だから、認識とズレてるし。
ただ1点、高橋さんの言う「キャラクターは世界を離れない」という指摘は共感する。これは僕の言う「テーマパーク性」の問題であって、もしかしたらそのうちこのへんから斬り込んでいけるかもと思った。

ただ、おそらく僕は『ARIA』への思い入れが強すぎるので、ARIA→空気系っていうアプローチでは意見言う資格ないなと思う。
また個人的に『ARIA』をカギカッコ(定義)に入れて評価したくないというのもある。セカイ系がそうなように、カギカッコで括ってしまうと見落としてしまうものがあるし。

というのも具体的に「空気系」の枠組みで理解してると、『ARIA』はそれ以外の部分に“どんでん返し”を食らいかねない気がするから。『ARIA』の世界観は「癒し」と同時に「現実を肯定」してるんだけど、それはつまり暗に「競争原理を肯定」ということなんだよね。その無視し難い“わだかまり”への不快感は前の記事で書いた。

僕が思うのは「オレは灯里たちみたいに優秀じゃないから、実際そんなに上手には成長していけないんだよ」ってことなんだよね。けっきょく灯里たちって、「自分」についてはあまり悩まない、「他人」のことばっかりで。悩まなくても優秀だからすんなり出来ちゃう。

ラストの怒涛の展開でそれが一気に噴出していて、実際それに拒絶反応を起こした人がけっこういたらしい。↓

【ARIA】アリシア結婚、灯里ヤンデレ、キモオタ発狂\(^o^)/オワタ  ニュー速クオリティ
25 人民解放軍(コネチカット州) 2008/01/28(月) 19:16:27.41 ID:vuyy1tCfO

ああああああああ


26 わさび栽培(愛媛県) 2008/01/28(月) 19:16:39.18 ID:QuXyiAdy0

うがああああああああああああああああああああああああああああ


27 トリマー(宮崎県) 2008/01/28(月) 19:16:39.92 ID:1SQ+201a0

>プリマとしての実力を持っていた灯里の合格をアリシアのわがままで先延ばしにしていた
腹黒すぎだろwww


33 前社長(千葉県) 2008/01/28(月) 19:17:39.71 ID:vUPSzJ6R0

>>27
うわぁ・・・黒い・・・


28 船員(東京都) 2008/01/28(月) 19:16:40.50 ID:MrJsIWHq0

これからブックオフに全巻売りにいってくるわ

関連記事:【2ch】ニュー速クオリティ: 【ARIA】アリシア結婚、灯里ヤンデレ、キモオタ発狂\(^o^)/オワタ はてなブックマーク
関連記事:「ARIA」連載終了へ 日刊スレッドガイド

結局「それに気づけなかった」という意味で、空気系的なARIA読解は何か僕は違う気がした。個人的には、そういう文脈とは違うrossmannさんの書いたARIA評がいちばん面白かったと思う。↓

『ARIA』 変身物語

なぜ『ARIA』が癒し漫画とされるのかという観点から、作品の喚起するイメージや前提とする価値観がどのようなものであるかにつき考えてみた。漫画は読むといろいろ考えさせられるし、そこが面白いと思う。



▽その他もろもろの『ARIA』記事。
「ARIA」完結巻。変わった先にある今を大切に。 真・業魔殿書庫
↑僕と違い詳細なのに“素直に”『ARIA』を受け止められています。
青ひげノート - ARIAにおける感情移入の無い癒し はてなブックマーク
↑本文は消失。ブクマコメ「見開きで描かれる印象的な情景こそが主役なのだ」同意。
ところで灯里やアリシアさんって、今何歳くらい? Syu's quiz blog
↑「つまりは原作者いわく触れないでね♪」
【アクアマリン】ARIA社長が待っているのって、灯里? Syu's quiz blog
感動のグランドフィナーレへ。ARIA最終巻発売 「ありがとう。遥かなる蒼」 オタロードBlog
萌え壁紙コレクション - ARIA -
灯里のヌードに萌え!ついに出たっ!局部のフィギュア化!ソレはイイのかっ! アキバ(ウラ)
↑タイトルがスパムかとw でも記事はフツーにすげ。
ある日女性専用車両に乗ってたら はてなブックマーク
↑“ARIA男”w
以上です。

関連記事:『ARIA 12(完結)』 心から言います、おめでとう!
  1. 2008/03/13(木) 20:56:00|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

『ARIA 12(完結)』 心から言います、おめでとう!

  ARIA(12) (BLADE COMICS)
  
ARIA(12) (BLADE COMICS)                商品詳細を見る
  (2008/03/10)
  天野こずえ

あの頃とは違うけれど、今も私は幸せな日々を過ごしています。
では、またメールしますね。いつか…そういつの日か、まだ見ぬ貴方に遭えることを信じて。

もし火星に―――ネオ・ヴェネツィアに来ることがあったら、一人前になった私の舟にぜひ一度乗ってくださいね。


               火星暦0076年 16月20日 水無灯里
                             (句読点引用者付記)


――なんか、これで感想書くのも最後だと思うと、感慨もひとしおですね...。
僕の大切な「物語」がまた1つ、フィナーレを迎えました。『AQUA』の時代から足かけ8年…計14冊におよぶ水の惑星の物語、完結です。
テラフォームした火星を「火星」と書いて「アクア(水の惑星)」と読ませたり、そこには現代のヴェネツィアを模した虚構の都市、“ネオ・ヴェネツィア”が存在したり――本当に感性が秀逸な作品でした。うぇ、淋しいよ…。

感想としては、ラストの12巻で“怒涛のように終わらせた感じ”。
今までのゆったりした流れとはうって変わって、どんどん事態が展開する。エピソードもホントに「必要最低限」しか描いてなくてハショリまくり。
おそらくアニメにタイミング合わせるとか、いろいろ調整の結果がコレなんだと思うけど。この巻単体で言ったらぜんぜん描写が足りないし、完成した出来とは言えない。――ただ、今までの話の文脈を理解してる人にはちゃんと補完できるように描いてあるんだよね。この省き方は正直賛否両論だと思うけど、技術的にはすごく上手く出来てると思うんで、僕個人としては「アリ」だな。
とにかく「今までの総決算」を体現した巻で、情報量が全然違うし、あらゆる決断がすごいスピードで下され、すごいスピード感を持って原稿が仕上げられたんだろう――という熱気が伝わってくる。
あるいは、それは天野が心の中で温めていた結末を一気に放出したことによる、勢いのせいかも知れない。

そういう意味で、僕は出来自体には不満は無いんだけど――結末まで読み切って唯一思うところあったのは、「結局『ARIA』ってエリートの物語だったなー」ってことなんだよねぇ。最大のヤマであると思われたプリマへの昇格試験はかなりあっさり――というか、ぶっちゃけ言えば昇格試験は全然この話のテーマじゃなかったってことになるんだと思う。

そこではなく、むしろ“この物語最大のヤマ”として描かれたのは「自分の『成長』による友人たちとの別れ」ということだった。
要はビューティフル・ドリーマー問題(モラトリアム)だよね。
※以下ネタバレ注意!


天野こずえ的な「日常」と「卒業」

アリシア「本当は、もうずいぶん前から灯里ちゃんには一人前に昇格できる実力が備わっていた。だけど灯里ちゃんが一人前に昇格しなければ、私は指導する先輩としてずっと傍にいることができる。
グランマにも相談したわ。日に日に成長していく灯里ちゃんを見て何度も昇格させなくてはと思った。
でもその度にあと少し、あとほんの少しと決断を先延ばしにしてしまったの。一緒にいられる、この愛おしい時間を失うのが怖かった…。すべて私のわがまま。本当にごめんなさい」
(句読点引用者付記)

↑これなんかまさにそうでしょ。

実は天野こずえはかつて、「終わらない日常」を肯定した作家だった。
出世作の『浪漫倶楽部』では、彼女は最終的に「楽しい学校生活が続いていく結末」を選んでいる。学園モノだったので、いずれ「卒業」という形で終わりは来るのだけれど、とりあえず物語の上ではそれは回避され、「日常」が保存された。したがって、それが本意ではないのだろうけど、結果的にモラトリアムになってしまった感は否めない。
『ARIA』でも、「この私たちの『日常』っていうのは楽しいものなんだよ、素晴らしいものなんだよ」という彼女のスタンスは基本的に揺るいでいないけど、ここ終盤に来て特に『浪漫倶楽部』の問題意識が反映して話が展開されていると感じた。
↓の箇所なんかがそう。

灯里「一緒に歩いている時は、みんな同じ道を歩いているように感じます。だけど本当は違う。
みんな、それぞれ違う自分だけの道を歩いているんです。
その道は始まりも違えば終わりも違う。
けっして同じではない自分たちだけのそれぞれの道」
(句読点引用者付記)

灯里たちはシングル昇格という「成長」によって、皮肉にもバラバラの人生を歩いてゆくことになる。それをどう受け止めればよいのか?ということについては彼女は答えを出せていなかったので、『ARIA』ではケジメをつけたかったのかも知れない。
そして出た結末がこうだ。

灯里 「あの頃の楽しさに囚われて
     今の楽しさが見えなくなっちゃもったいないもんね
     あの頃は楽しかったじゃなくて
     あの頃も楽しかった…よね」
アテナ「うん
     きっと本当に楽しいことって
     比べるものじゃないよね」
アリシア「あっ
     でもワンポイントアドバイス
     今――楽しいと思えることは
     今が一番楽しめるのよ
     だから いずれは変わっていく今を
     この素敵な時間を大切に ね」

――これがこの話の結論になる。


エリート的な“流転モチーフ”としての『ARIA』

それ自体は賛成なんだけど、ただ――僕が思うのは「オレは灯里たちみたいに優秀じゃないから、実際そんなに上手には成長していけないんだよ」ってことなんだよね。けっきょく灯里たちって、「自分」についてはあまり悩まない、「他人」のことばっかりで。悩まなくても優秀だからすんなり出来ちゃう。――天野自身そういう人間なのかも知れないけどさ。

でも実際は悩むでしょう。“上手に成長できなかったり、他人や社会の価値観に疑問を持ってしまう人”ってザラにいると思うんだよね(10巻に出てくるアトラみたいなやつね)。
前の記事で書いたように、僕なんか1年ごしの「せんだい」でようやく自分の問題意識にケリつけたような人間だしさ(3日前だぜ?)、やっぱ僕は、たとえば「ものつくる人間」とかっていうのは既存の社会の価値観にうまく馴染めないフラストレーションから創作に走ってるケースかなり多いと思うんだよ。『ARIA』にはそういう「新しい価値観を作っていこう!」みたいな意識ってまったく無いよね。だからそれはすごく不満ではある(“居場所”が無いので)。

個人的に、「アリシアさんのモラトリアム話」はもっと肯定されるべきだと思った。彼女は結局、灯里をこのまま留め置くことへの罪悪感に耐えられなくて、彼女と離れる=諦める決断をするわけだけど、ホントにそれしか道は無かったのか?と僕は思ってしまうよ。基本的に「押し付けられる歴史」とか大っ嫌いだからさ、その悲劇に浸ってるヤツも嫌いだ。おまけに結婚して役員に就任って――お前はどんだけ旧い価値観なんだよ>天野!とかねw
(アリシアさんを責めるなんてとんでもない)

その意味でやっぱり「エリート物語」だと思うんだよなぁ。エリートにとって一番重要なのは「創造力」じゃなく「柔軟性」だし。
だから僕にとっては温いんだけど――ただ、普通の人が“まっとうな価値観”でもって生きていく上での通過儀礼を描いた作品としては、やっぱり素晴らしい作品だったと思うのもまた本心で。

そもそも灯里たちってそういう子じゃないよね。「自意識と取っ組み合って、ものすごい『何か』を生み出す」ってタイプじゃないし。ただ与えられた価値観に素直で、ごく普通に、まっとうな幸せを見つけて生きていく人間なんだと思う。そして、そうやって微笑む人間がみんなに幸せを運んでくれる――って1面もたしかにあると僕は思うし。
――だいたいそういう自意識的な悩みは『ハチクロ』の連中が散々やってくれたし、「それをこの美しい物語にまで求めるわけ?」って気分も、自分自身無くはないんだよねw

――そういうわけで、とにかく、いろいろ文句も言ったけど、本当に大好きな作品でした。
“僕の人生の半分”でした(もう半分は『ROOM』)。

今まで支えてくれてありがとう。

本当に本当に、おめでとうございます。


関連記事:「空気系」の提唱者って同人作家さんなんだ。―『ARIA』ネタ集―
関連記事:『ARIA The ORIGINATION』 4話
関連記事:「ARIA (10)」 天野こずえと男性ファンの関係
  1. 2008/03/12(水) 22:48:53|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

「せんだいデザインリーグ」見てマジ泣きしそうになったオレ。

080311-Sendai.gif

卒業設計日本一決定戦とも銘打たれるこのイベントを観に仙台行ってきました。去年は参加したけど、今年は部外者だから客観的に見れるかな、と思ったんですが…予想外にマジで感動しちゃったよ…軽い気分だったのに!w

僕の主観であって客観性は無いんですが、感想を書きます。

私性/公共性

今年の争点は「私性VS公共性」の対立だったと思います。
2等をとった女の子が端的に言ってたんですが、まず問題意識として「建築ってなんかウソくさい」というのがある。
これは建築に限らず、なにか創造的なことをしている人なら結構共感してくれる意見なんじゃないかと僕は思うんですが(「絵」とか「写真」とか)。…とはいえ、それじゃ根拠があまりに希薄なので、もう少し説明しますね。


たとえば、ある人が「こうすればみんなが喜ぶ」と考える。で、そう思ったのでそれを実行に移そうとする。…だけど、それって半分は本当だけど、半分は嘘ですよね。だって他人と完全に意見が一致するはずない。単純な話ならいいんですが、例えば「ある事を達成するためにAとBの方法があって、どっちを選ぶか」みたいなときは難しい。「達成すること」ではなくて、その付加要素が争点になるから。現実的にはそういう状況が数多くあって、私たちは決断を迫られる。建築デザインみたいに明確な解の無い話は、特にそういう決断の連続ですよね。良かれと思ってやったことが住民やら審査員やらに叩かれることなんてザラなわけで。――ようするに人生経験やら年齢やら立場やらでまったく価値観の異なる人というのが現実には存在するわけです。(ちなみにこの問題には「島宇宙化と建築」という観点からも斬り込んでいます。そちらの記事もどうぞ)

そう考えると、僕たちがいう「みんな」って何なんだ?となるが…結局それって自己の延長ですよね。いわば「自分に都合のよい他者」……という言い方がダメなら、せいぜい「自分のアタマで想定しうる他者」ですよ。これは人間の能力の限界だから、ある種しょうがない部分がある。――だけど、そういう前提を持ってよくある「公共性」っていう言葉を考えると、そんなもんどこにあるんだ?って話になる。つまり、ほんとうの意味での「公共性」なんてものは存在しなくて、この概念はフェイクなんですよ。あくまで理想であって、現実を美化した言葉だ。

いわゆる「大人」というのは、“そのへんの機微を織り込み済みの人”と定義できると思います。直接的に肯定しなくても、お金を稼ぐためにそういうサイクルに従って仕事をしているのなら、それは同じです。つまり僕のようなニートではなく真っ当に生きて働いている限り、見方によっては(かなり穿った見方ですが…)「公共性」なんてありもしないものが存在するかのように、ある種割り切って生きていると言える。

もちろん「『公共性』があるとベタに信じてる人」もいるでしょうし、「原理的には不可能でも、それでもより大多数の利益になるように公共的に振る舞う」という人もいるでしょう。というか、実際はそういう人が多数でしょうね。そして、後者はいわば「エセ公共性」です。

建築というのはまさにこの「エセ公共性」のカタマリです。上に書いたように、私たちは絶対に他人のことなんて分かるはずないにも関わらず、建築家はそういう人たちのために建物を造らなきゃならない…ということは、結局出来上がった建築って、突き詰めれば建築家のエゴですよ。身もフタもない言い方をすれば自分の好きなものを拡大しただけ。そしてここが問題なんだけど、建築家は立場上「そういう私的なものをごまかして公的と言い張ってる」ということなんです。当然色んな意味で責任があるし、自分なりに一生懸命やった自負もあるだろうから、そう言うしかないんだけど…。それが「デザイン」ということだし、伊東豊雄はそれを指して「ウソをつかなければ作れない」と発言していました。その覚悟自体は僕は素敵だと思う。

ただ、現実問題そういう割り切り(決断主義)がさまざまな問題を起こしていることも確かなんですよ。たとえば、僕はその伊東の理論はすばらしいと思うけど、実際彼の作る建築はそれが暴走していて、カタチがキモイ上に経済性まったく無視だから本気で死ねばいいと思ってるし、僕だけじゃなくて広く「建築家は税金で無用のオブジェを造って…」みたいな批判も受けることになる。そして伊東とは逆に経済合理性に突き進んだ結果としても、「じゃあ安けりゃいいんだろ」的に耐震偽装とか何でもアリみたいな状況になってしまうし…。そうやって見ていくと、要するに「建築はウソくさい」って「大人はウソくさい」のバリエーションだと思うんですよ。“割り切る”こと自体に悪がある、ってことですよね。


さて、そういう状況を「子ども」の側から見るとどう見えるか。「大人なんかウソばっかりでロクなもんじゃねーな」「大人になりたくないな」という感想になるんじゃないかと思います。個人的感傷も含むんですが、特に卒計やってる大学4年時って、そういうモラトリアムがモロに表に出てくる気がする(設計取ってるヤツは院行きかアトリエ系志望で内定も決まってないだろうから、特にですねw)。そしてそれが反映した結果、「私は卒計でウソをつきたくありません」とか言いはじめる。僕がまさにそうでした…orz
こういうのを中二病って言うんでしょうね。大学4年にもなってw

“中二病”という、この万能ワードを生み出した伊集院はマジで神だと思いますが、「ウソをつきたくない」中二病患者がどこに向かうかというと、必然「私性」になります。それは上に書いた理由で他人との関わりには必ずうそっぱちが生まれてしまうので、気持ちが把握できる自分に引きこもるしかなくなるからです。そうしてウソのないテーマ=ほんとうのテーマを巡る「本当の私探し」がはじまります…。

ただ、冷静に考えればこれは明らかに“ワナ”ですよねw
理由は色々考えられるんですが、パッと思いつくものとしては…まず「私」というのが他者を介さずに完全に自立したものではないということ。あと仮に何とかして「本当の私」を見つけ出したとしても、それを建築化するってことは何かしらの社会性を帯びちゃうよね、ってこと。従って「私性」の建築というのはまず完成(完結)しないものだと思います。従って完成度では「エセ公共性」の建築とは勝負にならくて、評価されるとしたらそれは問題意識の本質突きっぷりとか、「出るはずのない答えを延々考え続けている狂気」の迫力そのものとかです。完成度の高い卒計というのは解けているぶん、おとなしい印象なんですが、解けてない卒計というのはそれなのに無理やり形を出してきてるので、何か変な禍々しさがあるんですよ、断末魔のヘビみたいな(笑)。むしろ本当に完成に近づくと、「私性」の建築は「建てなくていいや」となっちゃうと思うんですけどねw

大学でそんなキ○ガイじみたもんを評価するハズもなく(東京が魔界になってしまうw)、全般に「私性」の建築は冷遇される傾向があります。「せんだい」はそれへのカウンター的な意味合いが強くて、「本当にスゲーのはこっちだ!」とばかりに狂ったものをピックアップしてくるんですが…そのせいでデザインリーグのアバンギャルド化は年々進んでいるように思います(笑)。で、今年“電波系”の代表格だったのが、その2等の彼女だったわけですよ。


どんな作品だったかというと、何のことはない「自邸」なんですけど…およそ普通の家とは似ても似つかなくて、真ん中の大広間の周りを廊下が一周していて、さらにその外側にびっしり個室が取り付いている、陰気な修道院みたいな家なんです。家族で住んでるんだけど、各人個室をいくつか持っていて、家の中をあちこち彷徨っている。で、何か分からないんだけど一緒に団欒するようなことはなくて、家のどこにいるかも分からない家族の存在を、足音とかの微かな存在感で感じるという…なんとも気味の悪い作品なんですよ。そして極めつけには、図面には「呪詛(感情の吐露)」が延々と書き込まれてる…マジで見たら呪われそうな感じですよw
それを彼女はプレゼンするわけだけど、それも普通のプレゼンじゃなくて、彼女の内面を吐露した手紙を川上未映子ばりに朗読するわけ(笑)。はっきり言って僕はおったまげましたね。「完結してない問題を、こんなにそのままぶっちゃけてしまっていいのか!?しかも何でアイツはあんな堂々としてんだ?」と。


そういうナイーブな作品を作りながら、でも彼女自身は本当に口が巧くて(笑)、悩み抜いた末に“突き抜けた”ような強さを感じました。五十嵐太郎も言ってましたが、「私性」の狂気を極限までドライブさせた結果、出てきたものは私性とかそういうことを突き抜けて得体の知れない「何か」になってしまってる気がした。それに僕はすごく光を感じたんですよ。彼女がその強度をもって、伊東と「お前は開き直ってる!」「開き直って悪いか!」と全然負けないで戦りあってるのを見てたら、ギャグじゃなく本気で泣きたい気分になってしまいましたw 「自分より年下の女の子が伊東豊雄に負けない強度を持ってる。お前のやりたかったのもこんなことじゃなかったのか?お前はそのままでいいのか?お前もああなりたくないのか?」とね。


作品のクオリティはともかく、今年トップ10に選ばれた人たちは僕よりも全然「大人」だなと思いましたね。プレゼンも上手いし、何よりもそれぞれ「自分の問題意識」をしっかり捕まえてる感じがした。「私性の狂気」にハマって作品が建築未満の状態の人ですら、何も喋れないかと思いきや、そのこんがらがってぐちゃぐちゃな状態を一生懸命にそのまま話すんですよ(あれは既に言語にすらなってない気がしましたが、審査員にはちゃんと伝わってました)。それがすごく、僕にはまぶしかったです。

1等の彼なんかは2等とは対照的で、やはり「エセ公共的にプログラムされた建築はウソくさい」という問題意識から出発しているんですが、でも彼の場合は最後の一線で「ウソつきになる覚悟」を決めているんですよ。彼は幼稚園を設計したんですが、ポツリと「僕は『せんだい』のために作ったんじゃなくて、やっぱり子どもたちのために作ったんだ」って漏らしてて、僕はそれに「社会に役立つものをつくりたい」という使命感を感じて、やっぱりまた泣きそうになってしまったw ほんと最近涙もろくてトシだなと思うんですが…。

そういうわけで、正直僕はぜんぜん期待なんかしなくてヒマつぶしに遊びに行ったんですけど、そしたら何か雷に打たれて“天啓”に遭ってしまいました(笑)。彼らの純粋な熱意には本当に学ぶものが多いと思ったし、2等の彼女が提示してくれた「成長を拒否して徹底的に引きこもり、狂気を得てブレイクする」という方法論には道を指し示してもらったようで感謝しています(本人は「次は本当にそれでいいのか考える」って言ってたけど)。
得るものの多い旅行でした。(*^-^*)


余談。
仙台旅行の成果物。

080311-Kanno.gif
↑オススメ

080311-Omiyage.jpg
おみやげ。下半分仙台関係ないんですけど…てかおま右下www


↓去年2007年大会のまとめ本です。
卒業設計日本一決定戦OFFICIAL BOOK 2007―せんだいデザインリーグ (2007)卒業設計日本一決定戦OFFICIAL BOOK 2007―せんだいデザインリーグ (2007)
(2007/06)
不明

商品詳細を見る
  1. 2008/03/11(火) 15:46:31|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

341日目


OLYMPUS E-500                                     08/01/04

▽一言だけ言わせろ

『SFマガジン』執筆者「ギャルゲーやって『スイーツ(笑)』を見下すオタクは悲しい」 スイーツ速報(笑) (from 高度資本主義社会の中で生きていくために

「ゼロ年代の批評」のこれから─宇野常寛さんロングインタビュー

宇野:高校のときのグループからは浪人時代から徐々に疎遠になっていきました。メンバーの半分くらいがひきこもりのギャルゲーマーになっていったんです。


浪人でゲームは死亡フラグ!!(経験者談)
受験のときは世俗絶ちしたほうがいいです、マジでw


080306-Speed.gif

自宅回線がBフレッツマンションタイプに変わりました。実測は↑。
今まで1.5M程度だったので、約10倍ですね。\(^o^)/
光を使うのは2度目で、前住んでいたマンションはすぐ裏がNTTだったので、ほぼ理論値(45Mくらい)出てたんですが、さすがに今回はそこまでいかないか。
ていうか別に速度は1.5Mで全く不自由なかったので、万々歳です。
料金的にも月1500円くらいのDOWN!


それに関係してプライベートのアドレスが変わったんですが、通知が戻ってきた人が5人ほど出ました。
だんだんこうやって関係って切れてくんでしょうね。ただ…何かこうやって、機械的に人間関係が断絶していくのを見ると、ちょっと空寒いものを感じます…。
ボタン1つで消去できるようなものに、人間関係が支えられているのが怖ろしい。
特に意識的にじゃなくて、機械のトラブルとかで切れちゃってるとか考えたら…やりきれないですねーw
  1. 2008/03/06(木) 14:26:49|
  2. Permlink|
  3. かんさつ日記|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

恋愛してる?『ROOM NO.1301 しょーとすとーりーず・ふぉー』

萌えオタに社会流動化(制服少女たちの選択)を迫る俗流小説シリーズ、短編集第4弾。これで短編は打ち止めらしい。いよいよ終わりが見えてきた気がする。
この巻では本編で修羅場中のシーナはお休みで、咲良、圭一郎、鈴璃、刻也らの脇役陣が活躍する。

ROOM NO.1301しょーとすとーりーず・ふぉー (富士見ミステリー文庫 16-19)ROOM NO.1301しょーとすとーりーず・ふぉー (富士見ミステリー文庫 16-19)
(2008/01/15)
新井 輝

商品詳細を見る

個人的に、エリと鈴璃のエピソードは共感できない…というか、描き方がつたないと思った。そもそも僕は鈴璃の悩みにあまり共感しないし。当たり前なのだけど、長編化すると作品と読者のシンクロ率は下がるし、ノイズと感じる要素も増えてくる。だから作品は適度なところで完結するべきだし、だらだら続く作品はこっちから切ってやるべきだと思ってる。その意味で『ROOM』が終わりに向かってるのは、僕の中ではとてもいいタイミング。シーナエピソードを解決して…予想だとせいぜいあと2~3巻ってとこかな? 『ROOM』にしろ『ARIA』にしろ、僕が長年愛してきた作品はそろそろエンディングを迎えようとしていて、しかもかなり上手に着地しようとしているのを感じるので、すごく嬉しいし、僕は幸せだと思う。某テニスみたいなのは、僕にとっては最悪だから(笑)

刻也と冴子のエピソードは核心に迫っている感じがして、かなり好き。本作最大の謎は冴子だろう。彼女の心のブラックボックスが、最終エピソードの起爆装置に繋がってるはず。そして、それが起動するのは彼らの人間関係が密度を増し、「冴子的なもの」「千夜子的なもの」「鈴璃的なもの」が接点を迎えるときに訪れるだろう、という予感がある。しかもその内圧はかなり高まっていて、この巻でもかなりのニアミスを起こしている。もはや時間の問題だろう。終わりが近いのをひしひしと感じる。――ただ、以前の話をちょっと忘れてて分からないんだけど、彼らの親同士の関係ってどうなってんのかな? 健一たちにとって、親は自分の抱えるトラウマの象徴として描かれているんだけど、この作品では同時に彼らを見守る描写も存在して、しかもどうやら、互いの親同士が顔見知りらしい。これがどう核心に絡んでくるのか。ちょっと“親視点”でこのシリーズを読み返す必要があると思った。


『ROOM NO.1301』と恋愛フェミニズム

87年から94年にかけて高校生女子の性体験率は9%から16%前後へと倍増。男子を抜き去る。
大学生女子の性体験率も26%から44%へと1.7倍に増加。
(総務庁の委託により日本性教育協会が調査)
女子中学生の27%にテレクラ経験がある(95年)
高校生三年生の女子の4割弱、男子の3割弱に性体験がある。(96年 東京都)
8%弱に援助交際経験

結論から言うと、男のほうはまだ古典的な「恋愛幻想」に固執しているのに、女のほうはこうした幻想から急速に離脱しつつあるために、男がまったくついていけない状況が生まれているのだ。
(『まぼろしの郊外』宮台真司/朝日新聞社)

結論からいえば、こうした宮台真司の「女の子は進んでる。男は修行せよ」という言い分もまた、1つの“テーマパーク”だった。当たり前だが、みんながそんな過激な生き方をしてるわけではないし。――かといって、昔のような純情がベタに通じるわけでもない。ようはその人の「趣味の問題」なのだ。

それを踏まえ「援交&チェンジ」のコギャルよりはユルいが、フェミ化した女性の奔放な性を描いている本作。幼いくらいに自分の気持ちと欲望に正直な綾、ポスト援交(メンヘル)的で肉体的な繋がりに心の安寧を求める冴子、近親相姦一直線の蛍子、虚構の男性性を演じるシーナ、非モテ女のツバメ、胸がコンプレックスの鈴璃、ニズムを体現するエリ、「恋愛」しない狭霧、――そして、テンプレな純情ヒロインの千夜子。
この物語ではそれらの個性が他を否定することなく、まったく同時に存在している。主人公健一と同様、「恋愛が苦手」な僕には眩暈がする思いだw

なぜなら、描かれているどの娘の“キャラ”も今の世の空気を上手くすくい取っていて、「実際こんな娘いそう…」と思ってしまうリアリティを持っているから。自分の知り合いを省みても、こういうメンタリティの在り方は全然不自然じゃないし、新井輝の描き方は上手いと思う。そしてそれが「同時に存在する」という、この世界観がすごく現代的で共感する。

Galaxy01_20071212210754.gif
「島宇宙化」

ようは僕お得意の「島宇宙」メソッドで(またか)、おそらく読者は提示される多様なヒロインのなかから1人を選ぶことで、同時に自分を支える価値観、世界観をも選択を迫られているんだという気がする。
たとえば千夜子的な「純愛」を求める人は、綾や冴子を汚らわしいと思う反面、それではいつまでも関係が進展しないことが暗示されるし、しかし逆に綾や冴子を選んでも、それは本当の意味での「恋じゃない」し、蛍子的な選択の結末も一般的な「幸せ」とはかなり異なる。つまりスタンダードな恋愛像からは、どれもズらされているのだ。

Lifeで鈴木謙介も言っていたけど、僕たちが一般的に考える恋愛像というのも、所詮は僕らが生まれるちょっと前――1970年代――からの浅い歴史でしかない。その間にも「彼女」は「カノジョ」に、「告白」は「告る」に(この微妙なニュアンスの違い分かるよね?)変遷した。…というか、そうやって意味を軽くしてズらし、“なし崩し”的に既成事実を作ってしまうのが、我が日本の伝統らしい(笑)。その意味で、僕らの「現実」というのは常にズらされ続けるし、この話のどの子を選ぼうが「トゥルーエンド」なんてのは存在しないのだろう、このご時世。

――僕たちは虚構の世界の枠組みのなかで、虚構と知りつつも虚構に縛られて生きる。
実際「スタンダードな恋愛からズらされている」とはいえ、まったく恋愛と無関係に生きてゆけるほど人間は強くない(だったらこんな話も生まれないしね)。綾にしろ冴子にしろ、歪んではいるが、その背景には恋愛的なものが色濃く感じられるし、それは現実でも同じことで、例えば「セフレ」なんていうのは彼氏彼女のフィジカル面での代理機能だし(さびしさを埋めてほしい)、僕は売買春ですら「完璧に割り切ってる」とは言えないだろうと思う。もちろん「だから愛の力を信じるんだ!」というのは違うだろうけど。てかそれは超ヤバイねw

じゃあ何を信じればいいのか。
僕なりの考えだと「個人」なんだろうと思う。「――系」とかのキャラじゃなく、「○○さん」というその人の人生や、自分との絆を考える。上に挙げた理由で「ベタにナニ系」っていう人も今はいないだろうし、現実問題女の子が「総フェミ化」してる世の中だから、かなりシビアな気はするけど…そういう相手を許容するかどうかは「個人」への思い入れで決まるのだろうし、その思い入れが何なのか?つったらいままでの関係性の蓄積でしょう。…てことは暫定的な選択の積み重ねだから、やっぱ“なし崩し”なのかも知れないけどね(笑)

ま、結局「恋に恋する」んじゃなく、ちゃんと人間と恋しろってことなんだろうなw


関連記事:寂しがり屋なぼくらの物語 『ROOM NO.1301 #9 シーナはヒロイック!』
関連記事:夢見てんじゃねえよ 「まぼろしの郊外」
関連Link:文化系トークラジオ Life

制服少女たちの選択―After 10 Years (朝日文庫)制服少女たちの選択―After 10 Years (朝日文庫)
(2006/12)
宮台 真司

商品詳細を見る
  1. 2008/03/05(水) 23:07:47|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

『3月のライオン』 アンチのみなさん、意外に良いですよ\(^o^)/

   ――ほら
   アナタの居場所なんて
   この世の何処にも
   無いじゃない?


3月のライオン 1 (ジェッツコミックス)3月のライオン 1
(ジェッツコミックス)

(2008/02/22)
羽海野 チカ

商品詳細を見る

関連記事:『3月のライオン』 羽海野チカ著 はい、もう間違いなく傑作です。 物語三昧~できればより深く物語を楽しむために
関連記事:青年マンガとしての『3月のライオン』。 Something Orange
関連記事:羽海野チカ『3月のライオン』 少女漫画的日常

みんなが絶賛すると読みたくなくなるのがアンチ!
このキモチ分かる?(腐ってんな)
しかし残念ながら(w)面白かったです。

主人公は、東京の下町に一人で暮らす、17歳のプロの将棋の棋士=桐山零。しかし、彼は幼い頃、事故で家族を失い、深い孤独を抱えた少年だった。そんな彼の前に現れたのは、あかり・ひなた・モモの3姉妹。彼女たちと接するうちに零は…。
様々な人間が、何かを取り戻していく優しい物語です。
(裏表紙イントロ)


全体として『ハチクロ』9、10巻のノリに近い。実は僕は買う前にこの作品はアンチでいこうと考えていて、というのも立ち読みで9話「契約」の過去ばなしを読んで「うわっ、何だこのお涙頂戴の三文芝居は!?ついていけねー」と思っちゃったからなんだけど…1巻通して読むとそれほどキツくはなかった。全体としては下町のノスタルジーに託してよく描けている話だと思う。また、「将棋」という題材を今取り上げたのも鼻が良いと思う。考えたんだけど、漫画というのは、たとえばテレビドラマなんかよりも没入度が高いから、ナルシスティックな表現もわりかし自然に流してしまえるのかも知れない。明らかに昼ドラをベタになぞってるし…「全く貴和子さんの態度ったら」とか役者が演ってるんだったら、おそらく僕は悶死してると思うw

でもやっぱり、僕はこの世界観は好きではない。
たぶん昼ドラとか、NHKの連続テレビ小説好きな人にはタマラナイのかも知れないけど…。「優しくて家庭的で、実は銀座のホステス」という2面性を持つあかりさんなんて、マジで男に都合いい妄想だしなw 『ハチクロ』もそうだと思うけど、描かれる世界観の強烈なテーマパーク性に共感できない人は、ちょっとついていくのがツライ。僕は『ハチクロ』はハマったけど、『3月のライオン』はダメそう。続きも読むと思うけど、うーん好きにはならないだろうなぁ…。


余談。
そもそも場所が悪かった。舞台のモデルになっている中央区月島は僕の浅からぬ因縁の地であり、ここの「テーマパーク」についてはかなり裏の黒いところまで知ってるもんだから…。下町なんてさぁ……。(泣)
  1. 2008/03/05(水) 22:47:16|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

『GUNSLINGER GIRL 9』 “3つの抱擁”その想い、そして…

GUNSLINGER GIRL 9 (9) (電撃コミックス)GUNSLINGER GIRL 9 (9) (電撃コミックス)
(2007/11/27)
相田 裕

商品詳細を見る

ネタバレ注意!
あまりに端的な部分を反転しています。それ以下でも何となく暗示しているので、今後読まれる予定の方はこの記事は見ないことをお勧めします…。


アンジェリカが亡くなりました。ずっと暗示されていた結末ではあるのですが…やりきれないものを感じる。
(反転終了)

8巻を読んでからだいぶ経っているので、正確さに自信は無いのですが、この巻は特にそういう内容を淡々と描こうとしている印象を受けました。義体や担当官に感情移入することなく、主観的になりがちな事実性を淡々と、神の視点で描いている。

実際、死によって何らかの結末がもたらされると考えるのは都合の良いロマンチシズムでしかないでしょうね。死なんて本来そこらじゅうにゴロゴロしているものだし、誰の身にもいずれは平等に訪れる。まして「人殺し」を描き、ゴミカスのように人が死んでいくこの漫画において、身内の死だけ特別に扱うような“キモチ悪さ”を許してほしくない。むしろさまざまな問題を宙吊りにして、身内にトラウマを抱え込ませるものが「死」なのだと僕は考えます。
その意味で、この巻で描かれる「死」には、僕は共感を持ちましたね。

…とはいえ、身内にとって彼女の存在が特別無二のものであることも、また確か。客観的描写ですが、担当官たちが死を目前に控えた彼女のために、損得を超えて動く様子にはそれなりの強度を感じました。ここまで露骨に彼らの想いが描かれたのは初めてという気がする。「自分の手足のように動く“殺戮マシーン”」であるからこそ、少女は担当官にとって「必要」なのですが、そういう前提を無視する程度には、彼らも少女たちのことを想っていたんですね(安心した)。

とはいえ(三度逆転)、やはりそれはこの作品にとっては皮肉なんですよ。彼らが死にゆく少女のために尽くすのは、あくまで「自分の中のわだかまりを晴らすため」の利己的な動機だし、彼らはハナから「少女たちが不幸なのは、自分が不幸な目に遭わせているから」という原罪を背負って少女の隣に寄り添っている。――だから、義体が担当官に愛を感じること自体も、不幸の一環なんですよね…。

再三言いますが、そういうこの作品の歪みは「ロリが好き」という読者の歪みを多分に反映したものだと思うし、物語の初期でそうした妄想を無自覚に肯定してしまった反省があるからこそ、僕はガンスリは「社会」を描き「政治」を伴う決断主義に走ったんだと思っている。しかし、客観的に語ろうとしながらも、この「男に都合の良い世界を守りたい、そんな自分を肯定してほしい」という空気を色濃く残した危うさがあるから(つまり大人になろうとして、なり切れてない)、ガンスリは読者をハラハラさせ、目が離せないものにしているんだと思うわけです。

――しかしなぁ、それでも最後の活躍が「人間の盾」っていうのはあんまりにあんまりだよ…。「それに守られたい自分」っていうのにも吐き気がする。

ま、要は「オレキモイけど、そんな自分が好き」っていうどうにもヘタレな漫画なんですよw
言ってる自分がいちばんキモイんですけどねorz


関連記事:決断主義の“その先”を伺う『GUNSLINGER GIRL』
  1. 2008/03/03(月) 20:11:43|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

PROFILE

  職業ニート
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。