スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. Permlink|
  3. スポンサー広告|
  4. トラックバック(-)|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

ゆとりニコ厨の未来が「うおっまぶしっ」すぎる件@東方

   乙女ハ犯サレタ
   不浄ノ華ビラニ乱サレテ
   幼キ瞳ニハ 血塗ラレタ薔薇ガ写ル
                      (Silver Forest「sweet little sister」)

     ↑何という中二病歌詞www

はてなようせい」の件でひさびさにニコ動にログインしたんだけど、けっこう仕様が変わってる!それに関連してヤバイものを見つけました。↓

東方VocalBGM −sweet little sister−【原曲:U.N.オーエンは彼女なのか? 】(スキマツアー 1st-01)


『東方』ほどニコニコ向きの物語(物語じゃないよなそもそも…)もないと思うんだけど…、これがどうヤバイかというと、まずニコニコの仕様が変わってスクリプトが使えるようになったらしいのね。それを使って「再生が終わったら自動で別の曲にジャンプ」とかできるようになったんだけど、
それを利用したのがこの「スキマツアー」。

■「スキマツアー」のヤバさ
1.数がヤバイ

要は『東方』の声つき同人音楽リンクで、次々と曲を再生していくんだけど…その数がパない!期間を置いて編集されたらしく、2月29日現在1st~3rdまであるんだけど、 なんと全49曲約220分!(と、タグに書いてある) 東方の音同人が盛んなのは知ってたけど、まさかこんなにあるとは思わなかった…。たぶんこれシリーズ全曲網羅…してんだろうなぁ、すげぇ熱いもんw ダブってるのもあるけど、Voが違うから面白い。たぶん原曲がインストだから、歌で魂籠められるのがアツイんだろうね。そんなアツイ曲が延々220分流れるワケで…これはファンはかなりキテるだろうなぁ…w

2.全部パクリ(笑)
じつは最初見て「これマズイんじゃね?」と僕は思った。だってFullで上げてるし、いくら同人でもこれは通らないんじゃないかと。…でも考えたら、まずこの曲自体パクリなんだよw 聴けば分かるんだけど「東方のアレンジ」ってだけじゃなくて、どれもこれも露骨なぐらいありとあらゆるものをパクってる(笑)。林檎にあゆにレベッカにサンホラにPerfume…僕が分かるだけでも相当だし、っていうかたぶん全部何かのパクリ(てかオマージュ?)だねコレw…んで「ああ、コレは文句言えねーな」と思っちゃったw 実際黙認されてるのか、この後消されるのか知らないけど、消されても「だからどうした?」って気がするし。
更に言うとムービーも二次絵の詰め合わせで作ってあるんだけど、まあ全部使用許可取ってるハズないわな…。というか、冷静に考えたら「二次(創作)絵」だしな。その時点で著作権侵害だよw "All rights reserved"とかほざいてる二次絵サイトは何なのかと小一時間…(ry
んで極めつけには、前書いたように『東方』シリーズ自体が古今東西の童話やら何やらの“ごちゃ混ぜパクリミックス”だからね(著作権的にはセフかも知れんがw)。
だから言うなれば、この動画は
「パクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクリ」
くらいだよ。何それwww

…とりあえず、ニコニコで著作権とか気にすること自体がアホな気がしてきたorz

3.トリップ感とテンションがヤバイ
なんか貶してるように見えるけど、実はけっこう褒めている。このフリーダムさが「ゆとり(笑)」と叩かれる原因でもあるけど、必ずしも悪いとは思わない。また、僕個人が下の世代を貶して溜飲を下げようという気もない(ニートだし)。ネットに集う若い人たちの行動を象徴的にそう呼んでるだけで、そもそもホントにゆとり世代か知らないし。何なら「イナゴ」とかでもいい(それは嫌だろw)。
僕なんかはよくブログで「幸せに生きるためには…」みたいな小難しい話をしてるけど(その実、中身はエロゲwww)、「そうじゃなくて、幸せに生きるってまさにこういうことなんじゃねーの?ノリノリでソウル(魂)のままに生きることじゃねーの?」とたまに素で思ってしまう。「お前は夢が会社がってウジウジ悩んでるけどさ、そんなもん大きなことじゃねーんだよ、それはそれで置いといて、こうやってみんな楽しく生きてるじゃんよ?」ともう一人の僕が囁く。なるほど、一理ある。でも…
…まあいいや、ウザいからこの話は置いとこうw(えー)

そういう留保はあるにしても、僕も結構こういうノリには突撃する人間だし。ていうか『アイマス』とかもそうだったけど、東方ブームってみんなのバカバカしいほどの熱意が結集してほんとうにすごいものになってるよなぁ。イメージは神主(ZUN)が作った“元気玉”って感じか。たぶん歌同人の人もウズウズして歌わずにはいられなかったんだと思う。彼がスゴイのはみんなの熱意が結集する核を構築した(ていねいに組み立てたイメージで、あくまで生み出したわけじゃない。たしかにゲームは良く出来てるけど)ということなんだよな。そういう意味で、僕が言いたいのは昔からのゲームとしての『東方』シリーズの人気じゃなくて、ニコニコでの第2フェイズの愛され方のほうなんだよ。この「スキマツアー」も東方キャラ萌え+嫁合戦+歌のシンクロ+歌詞の言霊+二次絵のイメージ+歌詞職人+コメント+ループという相乗効果で恐ろしくテンションは高い。――ていうか、「陳腐な物語をタマ(歌)に込めて撃ちまくる」ってのはかなり“アリ”だなと思った。生身の生命力で勝負!っていうか…要はライブ感覚なんだけど、まさに弾幕w

あと、こういうノリで付き合っていくなら「著作権」とか、やっぱ年寄りの言うやり方じゃ全然ダメだなと思った。そうやって凝り固まってたら本当つまんないことしかできない気がする…。まあ、とはいえそれに人生賭けて生きてこうとしてる人間なんだから、食い扶持稼ぐ方法は何か考えないとマズイよなぁ。別に搾取したいんじゃないんだよ、神主みたいにムーブメントを作りたいだけなんだよオレは…ああ、マジで「ゆとり」が眩しいよorz


ちなみに、いい歌がたくさんあって迷うんだけど、あえてオススメを1つ挙げるなら、めーりんの「エピクロスの虹はもう見えない」を推します。『CLANNAD』のOPと浜崎が混ざった感じで好き。

東方VocalBGM −エピクロスの虹はもう見えない−【原曲:上海紅茶館】
(スキマツアー 1st‐10 虹望む紅茶館前)




余談。
BGMにしようとしたら、テンション上がり過ぎて仕事になりませんでしたorz

余談2。
ゆかりんのことだって…分かるよね?w



東方三月精 ~ Strange and Bright Nature Deity. (1) (角川コミックス)東方三月精 ~ Strange and Bright Nature Deity. (1) (角川コミックス)
(2008/01/23)
ZUN

商品詳細を見る
  1. スポンサーサイト
  2. 2008/02/29(金) 20:59:52|
  3. Permlink|
  4. たわ言|
  5. トラックバック:0|
  6. コメント(-)|
  7. このエントリーを含むはてなブックマーク

自分史的に「美少女ゲームの臨界点」を振り返る。

ちょっと最近、自分に引き寄せて「オタク」を語る必要性を感じるので、僕のオタ遍歴でも書こうと思います(笑)。「“超傑作”ってある?」のもっと詳しい版ですね。
とりあえずサラッと書き上げちゃって、ちょこちょこ追記していこうと思います。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 通常版ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 通常版
(2008/05/21)
三石琴乃、林原めぐみ 他

商品詳細を見る

■中学時代(1996~1998)

ちょうどエヴァブームの頃にあたる。でも東北の地方都市というローカリティのせいか、96年の時点でエヴァ知ってたのは、僕のまわりではほんの2、3人だった。だから「自分らが広めた」みたいな優越感はある(モチ妄想w)。テレ東系列のないウチの県でエヴァが放送されたのは、ようやく98年になってからのこと。ただ、劇場版(夏エヴァ)の結末は、当時リアル中学生だったオレには理解不能の異次元w
なのでショックは特になかった。
漫画は「ガンガン」を購読してて、天野こずえはデビューから読んでた。好きな漫画は『浪漫倶楽部』とか、女子に借りて読んだ『こどものおもちゃ』。「みんな仲良し」みたいな世界観が好きだし、ベタに信じてた。いま思えば幸せだったんだなと思う…。

――あ、ただギャルゲーへの芽ばえは既にあった。『Piaキャロ2』のみつみの絵に萌え(という概念はまだ知らない)たり、地雷で有名な『センチメンタルグラフィティ』を期待して買って、ショック受けたりしてた(笑)。

浪漫倶楽部 1 (1) (BLADE COMICS)浪漫倶楽部 1 (1) (BLADE COMICS)
(2005/08/10)
天野 こずえ

商品詳細を見る

こどものおもちゃ―完全版 (1) (集英社ガールズコミックス)こどものおもちゃ―完全版 (1) (集英社ガールズコミックス)
(2003/07/15)
小花 美穂

商品詳細を見る


■高校時代(1999~2001)
1999年 高校の殺伐とした空気に馴染めず悩む。たぶん「島宇宙」状態との初邂逅。「自分のことしか考えてない人間がたくさんいる」なんて当時は思いもしなかったw そんな気分と『ブギーポップ』シリーズがマッチ。本自体は『VSイマジネーター1,2』が出た中3から買ってたけど、ハマったのはたぶんこの頃。『歪曲王』『夜明け―』くらいまで好きだった。
あと、忘れもしないんだけど、ウチの高校の学祭に友達がきて「『Kanon』はいい!」とか滔々と語り始めた。それがエロゲとの出会い(笑)
まだパソコン持ってなかったので、その友達にプレステ版『To Heart』を借りてやった。オタ発症
2000年 正月の郵便局バイトで頭金つくり、パソコン購入。以下着々とゲームをプレイ。たしか順番的には『WHITE ALBUM』『ONE』『痕』『終ノ空』『雫』『Phantom』『Kanon』…みたいな感じ。その他で気に入ってるのは『Lien』『Canvas』『こみパ』とか。『こみパ』はたぶん大学躁転(明るい性格になること)への布石。ネットに繋がってなかったので、「ギャルゲー用語辞典」(おそらく現行のサイトとは別モノ)を魚拓取ってもらって読み耽るのが趣味だった。
自分的ピークは3日で『AIR』全クリしたあたりかなw
2001年 9.11テロとかあったけど、それ以外あまり覚えてない。たぶんエロゲやりつつ「勉強わかんねー」って言ってただけ。しねばいいのに。

ブギーポップは笑わないブギーポップは笑わない
(1998/02)
上遠野 浩平、緒方 剛志 他

商品詳細を見る

ONE ~輝く季節へ~ Vista動作確認版ONE ~輝く季節へ~ Vista動作確認版
(2007/06/01)
Windows

商品詳細を見る

To Heart リニューアルパッケージTo Heart リニューアルパッケージ
(2003/06/20)
Array

商品詳細を見る

WHITE ALBUM リニューアルパケージWHITE ALBUM リニューアルパケージ
(2003/06/20)
Array

商品詳細を見る

AIR ~Standard Edition~AIR ~Standard Edition~     .
(2005/04/08)
Windows

商品詳細を見る

Canvas~セピア色のモチーフ~ ベスト版Canvas~セピア色のモチーフ~ ベスト版
(2005/03/03)
PlayStation2

商品詳細を見る

こみっくパーティーポータブル (初回限定版)こみっくパーティーポータブル (初回限定版)
(2005/12/29)
Sony PSP

商品詳細を見る


■浪人時代(2002)
案の定受験落ちて、仙台の予備校で寮生活。世間的には日韓ワールドカップで熱かった年。
この年にブームが来たアージュや新伝奇は当然スルーしたし、いまだに興味が沸かない。『水月』とかマリみてブームとか、やってないけど何となく「萌え」が弱々しい方向にいってるなーとは感じてた。(いわゆる臨界点)
あと個人的に「脱オタ」的なスタンスを模索しはじめる。

■大学時代(2003~2006)
個人的に失恋したこともあって、大学は心機一転、気分を入れ替えようと思った。奇しくもそれが「脱セカイ系」的なオタ業界の流れに乗っていた(計算通り(笑))。
情報通の友達がいなかったこともあって、かなり個人的趣向で作品を消費した。あとエロゲはほとんどやらなくなって、アニメ寄りになった。全般的に大学はリア充。
あと浪人時代から脱オタ方向の模索があったけど、その流れが継続した。基本的に「オタだけど、実生活が悲惨なのはイヤ」というスタンス。「脱オタクファッションガイド」とか見てた(笑)。あとそれが趣向にも反映してそういう文脈で作品を選んでた。分かりやすく『ROOM NO.1301』とか『ARIA』とか。『ステルヴィア』とか『リヴァイアス』も時系列と関係なく観たから、自分の中では「コミュ肯定」みたいに取った。『電車男』も超アリ。
で、アニメ化と同時くらいで『ハチクロ』読んで、『秒速5センチメートル』で半ば放心状態になりながら大学を卒業すると(笑)

ARIA (1) (BLADE COMICS)ARIA (1) (BLADE COMICS)
(2002/10)
天野 こずえ

商品詳細を見る

ROOM NO.1301―おとなりさんはアーティスティック!? (富士見ミステリー文庫)ROOM NO.1301―おとなりさんはアーティスティック!? (富士見ミステリー文庫)
(2003/09)
新井 輝、さっち 他

商品詳細を見る

宇宙のステルヴィア OPテーマ - 明日へのbrilliant road宇宙のステルヴィア OPテーマ    .
明日へのbrilliant road

(2003/05/21)
angela、Katsu 他

商品詳細を見る

無限のリヴァイアス Vol.1無限のリヴァイアス Vol.1        .
(2000/03/25)
白鳥哲、保志総一朗 他

商品詳細を見る

電車男 (新潮文庫)電車男 (新潮文庫)          .
(2006/12)
中野 独人

商品詳細を見る

ハチミツとクローバー (1) (クイーンズコミックス―ヤングユー)ハチミツとクローバー (1)
(クイーンズコミックス―ヤングユー)

(2002/08/19)
羽海野 チカ

商品詳細を見る

秒速5センチメートル 通常版秒速5センチメートル 通常版   .
(2007/07/19)
水橋研二、近藤好美 他

商品詳細を見る


…とまぁこういう人生経験なので、「社会的に実用性のある物語」がマジで必要だと思うわけ。(→その文脈で「ef」を批判)
まあでも、ベタに好きな当人たちにしてみれば余計なお世話だろうが…押し付けがましいのは良くないよねw
また、古い価値観も使えないので良くない。(→「true tears」、押井一派、宮崎アニメ)
…っていうか、そもそも論陣張るほどの作品なのかと。
  1. 2008/02/29(金) 17:16:38|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

334日目 お前ら、ぱんつはけよ

「ホームページを作る人のネタ帳」のサブリミナルを実証する - ついったーとHamachiya2 - はてなグループ::ついったー部 はてなブックマーク
……お前らバカだろwww



どうも「はてなようせい」がブレイクしたっぽい。
pixivでも投稿増えまくってる。ヤツら脊椎反射で絵描くし。(←人のこと言えない)
ちなみに、「はてな」の公式マスコットじゃないです。なんかいい歳のオトナが子どものおもちゃ取り上げちゃったけどw
たまにあるよなコレ系ネタ…。

関連記事:チャレンジ1年生DVDに登場する「はてなようせい」が可愛すぎる件 日刊スレッドガイド
  1. 2008/02/28(木) 20:45:38|
  2. Permlink|
  3. かんさつ日記|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

創作ノート(1)

制作中のシナリオのオチをつけるために、考えたことを書き留めたものです。
あまり人に読ませる体をしてないので、読み飛ばして下さい。
多分に「宇野対策」的な色が強い…宇野以外の人名は僕のキャラですw。



僕にとってのセカイ系って「彼女いれば全てハッピー!教」だ。
実際それは大学生中盤ぐらいまでは有効だと思う。
ただし(理想の)というカッコがついてて、叶った(彼女できた)場合は「理想」がとれて消滅・無効化、叶わない場合は成就できないので救済されないまま。

したがってこの枠組みは大学も後半になってくると通じなくなる。むしろ恋愛より就職とか現実の問題のほうが大きくなる。

必要なのは踏み込む勇気。
相手と完全に分かり合うことは出来なくても、相手の自分へのちょっとした善意(好意ではない)を信じられれば不条理も愛せるようになる。

他者性。
「普遍性」か「島宇宙」
「世界中のひとが貴方を非難しても、私はあなたを信じます」
「『勘違い』だと思う。でもこれから理解する、理解したい。あなたと一緒にいさせてほしい」

「教えなくても分かってくれる、理解してくれる」
という幻想。

「みんなに自分と同じ気持ちを抱いてほしい、ひとつになってほしい」
という強迫観念。
そのためには、“自分”は消えなくてはならない。

「消える」=「フられる」の象徴表現。
(Key、『それ散る』、『ef』)

藤井が自己肯定感のなさから決断を恐れるあまり、都合のよい“虚像”としての千歳が立ち上がった。
視野狭窄によりそれ(理想)以外の可能性を考えられない。
=フられた(拒絶された)場合のことが恐怖のあまり考えられない(アイデンティティ・クライシス)。
本当はそこから“次”がはじまるのに。いや、若さからそれが「ウソ」に見えてしまうのか。

結局自分が可愛い、あるいは、現状の自分が生き延びるために成長を拒む。

「決断しない主義(理想主義)」というのは、「超越性」を得ようという行き過ぎた気負いの弊害。その結果が行き着くのは虚無である。つまりやるだけ無駄だから、やってもやらなくても変わらない。

そこから抜け出すには、「自分が全能でないことを認め、その上で立場を決めて陳腐な主張をするしかない」というのが1つ。

…ってこれはオレの創作の悩みそのものだw

“あなた”はいる。それを否定してしまっては何もはじまらない。

あるいは、「本気でベタにオレは神になるんだ!」を目指すのか。でもそれはしんどい。

宇野「セカイ系が他者性を描いていない」というのはもっともだが、要するに他者性では中二病は根本的に救えないのだろう。超越的な理想への病(オレ天才)と分かち難く結びついた自己肯定の不安、それは「みんなと仲良くしたい」という素朴なやさしさの裏返しでもあるから。
だからセカイ系が中景(社会)を抜くのは当たり前。

要するに「ベタに綺麗な絵」とか「ベタにいい話」がこの時代あるのかという問題。
無いだろう。(→宇野)
しかし無視するのもたしかに…

「ベタにカッコいい男」がいるか?→いない
メタを理解できるようになったのは物語がなくなったせいもあるが、「心が広くなった」とも言える。
「例外、自分と違う者への理解が現代社会の本質」という極めてリベラルな話に…。

「理解」と「納得(賛成)」という二重のレイヤーを設けては?
「ああ、それ分かるよー」くらいの軽い同意にすればいいじゃん。
「これが新しい」とか「より普遍的だ」とかいうメタゲームは何にもならない。
その人の自意識に従った(ウソではなく“使える”)作品が必要なんだと思う。

――ていうかこうやって悩みながら生きてること自体が「小さな成熟」じゃね?
  1. 2008/02/28(木) 01:57:49|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

333日目 ブックマーク放出

なんかゾロ目っていいよね。(挨拶)

僕は「はてブ」はお気に入りサイトの公開にしか使ってなくて、公開ブックマークの編集には労力を割いてないんだけど、ちょっと最近考えてることとの関連でブクマを公開します。だいたいここ1ヶ月の記事かな。

「PLANETS」編集長・宇野常寛インタビュー サッカー瞬刊誌サポティスタβ版
「善良な市民と青木摩周のスペイン宗教裁判」第一回 惑星開発委員会
「決断主義」は流行の最先端ではなく、ただ当たり前のことでしかない。シロクマの屑籠(汎適所属)
「ゼロ年代の批評」のこれから──宇野常寛さんロングインタビュー 荻上式

以上「第二次惑星開発委員会」の宇野常寛対策。たいたいヤツの文脈は理解したと思う。賛成できる部分もあるし、ファーストインプレッションの僕の違和感がどのへんから来てるかもわかった。彼の言い分については、たぶんある程度理論武装できたと思う。「スペイン宗教裁判」は初代惑星―の記事なんで、アナログバックアップ取った方がいいかも。

創作における中二病マインドは基本的に良いものだが、そのせいでプロが無能として描写されるのは、自分としては面白くない ARTIFACT@ハテナ系

タイトル通りの記事。これはまさにその通りで、なぜなら「セカイ系」のモチーフってのは、そういう「オトナ的な談合社会、ウソ社会の否定」だと僕は思うから。宮台真司の言葉で言えば「この社会は底が抜けている」のであって、大人なんて難しいことをしているように見えて、実際(コドモ的に有意義なことは)なにもしてないし、どうしてこんな単純なことが解決出来ないのかというような問題がこの社会には溢れてる。そういう不満が、結果的に笠井潔の言うような「中景(社会)のない世界観」の支持に繋がったんだろうという気はする。
最近でいえば『ef』なんかはまさにソレ。
まあ、これでも一応半分は大人なので、最近はオトナ側の言い分も気持ち的には分かる(でもオレはニートw)。

折口哲 :: 臨界点派の言説の妥当性の検討 はてなブックマーク
エロゲ業界の危機と、対岸の火事でもないかもしれない話。 かさぶた。
ニコニコ動画が作った小さな同人製作集団の可能性 モノーキー

また一方、「美少女ゲームはもう終わった」という、いわゆる東浩紀が中心の「臨界点派」の理屈でいけば、今の美少女ゲームというのは消化試合でしかないわけだ。僕はこの言い分に賛成だから文句はないのだけど、業界の中の人に言わせれば、そんな話は冗談じゃないだろう。「新伝綺」という別の名前を与えられて弁護された奈須きのこや虚淵玄、あるいは田中ロミオなんかはともかく、今もベタにやってるフツーのエロゲメーカー(minoriとかcircusとかpurpleとか…(以下略))はたまったもんじゃない(実際、今のエロゲと東には距離がある)。でも実際、新伝綺の隆盛とは裏腹にエロゲーは確実に縮小傾向なわけで。こうなると「ニワトリが先か卵が先か」みたいな話になってくるんだけど…。
個人的には宇野の言う「大人計画の5年遅れ」云々はともかく、思春期の通過儀礼として、ギャルゲー的な話の需要というのは確実にあると僕は思ってる。ただ、「かさぶた。」が言うように「それは18禁じゃなくてもいいんじゃないか」という気はするし、実際ラノベが受け皿になってる気がする。
でも、僕みたいにそういう系の話を作りたいクリエーター側にとっては、エロゲっていうのは極めて取り組みやすいメディアだったんだなぁと思う。「モノーキー」でゲーム制作には様々な役割の人が必要だと言われているけど、産業として成り立ってたから、“個人”としては絵さえ上手ければ「原画家」になれたし、お話が書ければ「シナリオライター」になれた。逆にニコ動でオリジナルアニメを発表する場合、役割分担的には単純だとしても、実際金も稼げないのにどうやってそういう多様なスキルを持つ人を集められるのか?という話。むしろ結局全部自分でやらなきゃいけなくて、新海誠的な超絶スキルが必要になるオチ…w
結局、斜陽でもエロゲ業界に足突っこんだほうが早いのか、という気分も無くはない。まあでも、とりあえず僕の場合は漫画家になろうとしてるんだけどね。
ただ、いずれはやっぱゲームとかアニメ作りたいよなぁ…。

実は他人の配慮によってなりたっていたことに気付くのがいや ぶろしき

私にとって私は主人公で王様であるという認識と、世界にとって私は取るに足らないゴミのような存在であるという二つの認識があって、前者が優勢だとそこは間違ってるけど気持ちのいい世界。後者が優勢だと正しいけど不快な(あるいは生きがいのない)世界。

この記事はほんとうに面白かった。実名/匿名問題とクリエイティビティの合わせ技。
「クリエイターは2ちゃんねるを見てはいけない」ってのはまさに真理だと思うんだけど、反面まったく他人の感想を見ないってのも独り善がりにおちいりがち。

どこで読んだか忘れたんだけど、「テニプリ」の破天荒さは最初狙ったものじゃなくて、作者はベタに熱かったのに、あまりにネタにされたせいで作者自身ネタに走っちゃって、そういうのって作品として幸福なの?みたいな話があったんだけど、そういうことだろうなぁ…。
ある種の「イタさ」も含めて自分を出していくのか、「空気の読める一般人」として無難にまとまるのか…。悩ましい問題だと思う。
  1. 2008/02/27(水) 23:40:40|
  2. Permlink|
  3. かんさつ日記|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

332日目

080226-Sky.jpg

ひとりで鍋をつつきながら書いてます。ウマ。

▽ちょっと前のアニメ『sola』で、ヒロインの茉莉が差してる傘がセンスいいな~と思ってたんだけど、MoMA(ニューヨーク近代美術館)のコレクションだった。道理でね。

関連記事:MoMA スカイアンブレラ MoMAstore

ちなみにこの傘の外側、黒以外なんかいい色ないかなーと考えてたんだけど、やっぱ黒だろうな。白より。MoMAショップ原宿にも出来たけど、パッと見あそこには無かった気がする。注文なのかな。
『sola』のスタッフはけっこうセンス良かったと思うんだけど、映像面でうまく発揮されてなかったのがもったいない…。
ていうかぶっちゃけ、七尾奈留の絵はヘタクソだと思うんだがどうよ。(ヤバイ発言)


Alive2で東×宇野に「萌え理論Blog」が名指しでコキ下ろされてて、「これwwいいのかな…」と思ったんですが(個人的には大笑いでした)、2ちゃんで二次会やってたみたいね。

関連記事:東浩紀2ちゃんねる降臨まとめ 萌え理論Blog

記事長っ
東浩紀スレが100達成した記念の本人降臨らしい。
2、3抜粋させていただきます。

>これから先、東工大以外の大学で授業を持つとかそういう予定はないのでしょうか。
>正直、喋りもうまいと思うので、学生にとっては有意義な授業が出切る方だと思うのですが?

Thanks. でも大学は僕が嫌いなのだ。君たちが支えてくれ。

     質問に同意。

>ギートステイトって、ニートのためのアーキテクチュラルなベーシックインカムですか?

最初のプランではそう。

     マジか、シラナカッタ!

>郵便本には物凄いコストがかかっていると思うのですが、
>それを可能にした物は何だったんでしょうか?

間違った信念。うざい自意識。
だからぼくはそれは肯定するんだよ。そこが宇野との違いか?

     ヤバイ、反対派だったけどそんな気がしてきたw

しろうとさんとかアリムラさんとか、はてな村の連中って哲板のコテハンけっこう多いんですね。僕2ちゃんはまとめサイトしか見ないんで、全然知らなかったよ…。東浩紀もそうだけど、先行世代のバイタリティの多さはほんとう圧倒される。
ていうかぜんぜん西尾維新のこと言えねーからアンタらwww

こういうの見てると「勉強しなきゃなー…」と思うんですが、冷静に考えて無理。だって、僕だって勉強してないわけじゃないし。ていうかけっこー頑張ってるし自分!
元々根がエリートじゃねーんだよ。やっぱりできる範囲で一生懸命やるしかないなと思う。


関連記事:At Tokyo, from Tokyo. 『東京から考える』
関連記事:『批評の精神分析』が面白い。
  1. 2008/02/26(火) 20:49:09|
  2. Permlink|
  3. かんさつ日記|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

331日目

ひさしぶりの日記です。

▽なんか前歯が痛くて、「こりゃ虫歯かな~…」と思って歯医者に行ったんですが、なんと虫歯はありませんでした!\(^o^)/
えーどういうこと?

ニート「でも痛いんですけど」
歯医者「歯が擦り減ってますね、食いしばり過ぎです」
……なんかツライのかな、オレ?orz

余談ですが浪人生のとき、センター前に治療しておこうと思って何気なく歯医者行ったら「虫歯10本ある」とか言われて相当ヒキました…。普通に歯みがきしてたんですけどね。
それ以来歯医者はマメに行くようにしてます。なんか半年に1回は歯石取ってもらったほうがいいらしいよ?


▽べつの話題。
漫画の下書きの線が最近どうも残るなぁ、と思っていたんですが、シャーペンの芯を買い換えたら解決。そういえば前の芯って古物市で買ったヤツだ…どうやらシャー芯て腐るらしい(笑)


▽余談。
『ガンダム00』に“エヴァシリーズ”が出てきた!
20話面白すぎて感想すら出ない。
  1. 2008/02/25(月) 21:09:22|
  2. Permlink|
  3. かんさつ日記|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

“どうか、幸せな記憶を。”

080224-Sky.jpg
OLYMPUS E-500

公子「夢の中だけでも、あの子がそうして友だちに囲まれているなら、それだけで嬉しいです。夢しか見ることが出来ないなら、せめて、その夢の中ではお友だちと駆け回っていてほしいんです」
(CLANNAD -クラナド- 第7話「星型の気持ち」)


絵描くのにクラナドを見返してた。
風子シナリオはテンション上がってる今観た方が感動するわ。

改めて観ると、けっこう端はしでソレっぽいことを言ってる。ソレっぽいってのは18話の智代の話が一番露骨だけど、「若者に託すメッセージ」的なもののこと。やっぱ『CLANNAD』は『AIR』の正統な後継なんだなと思った。

結局こういう美少女ゲームみたいな癒しが何で必要なのか?って考えると、それはやっぱ、本当はこんなふうにベタに楽しく生きたいのに、生きられない人がたくさんいるからだと思うんだよ。クラスは同じでも、みんなてんでバラバラなことを考えてるような世の中だから。素直に生きられないのも仕方ない。

だから萌えにハマる気持ちも分かるけど、“終わってしまった”世代としては、せめて“終わってない”人たちには諦めてほしくないな、と思う。僕も麻枝准と同じで慰める物語を作ってはいるけど、もしまだ希望があるのなら、どうかあきらめないでほしい。エロゲーなんか必要ないくらい、ベタに幸せになってほしい…。特に高校生の人たちには。

自分が今あの場に戻って、クラナドみたいにやれるかって思えばやっぱり難しいんだけど。でも大学ではある程度やれたし楽しかった。どうして高校って難しいんだろう…。
まあ「このエントリのBGMは水樹奈々の「innocent starter」で決まりだろう」とか思ってるオレは完璧にジ・エンドですがw

みなさんどうか、幸せな記憶を…。
  1. 2008/02/24(日) 14:21:49|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

風子、参上っ!



「ヒトデ ヒィィ――――――ト!!!」


死んでる…マジでネタ死んでるよ…orz
  1. 2008/02/24(日) 02:55:51|
  2. Permlink|
  3. イラスト|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

大学への愚痴

4年生のみんなっ、卒業できた?(死)
最近、ニートのくせにいろいろやることが溜まってたんですが、今日で片づきました。スッキリ!(おかげですっかり昼夜逆転ですよw)
こう、何か「ノルマが溜まってない」ってのはいいですよね。気分が軽い。

僕が大学を卒業してもうすぐ1年ですが、大学時代、常に課題やら何やらに追われていて、思えば気が晴れたことがありませんでした。僕は工業大学の出身なんですが、ウチは学科に関わらずみんなそんな感じだった。「息つく暇もない」が本当にしっくりくる、というか。3年の時なんかオレ記憶無いしw

学校や学部によっても違うんでしょうが、大学が昔より忙しくなっているというのは概ね正しいみたい。「親の認識と全然違う」なんて話はよく聞くし。「大学闘争」なんて、最早ノスタルジーですよね。「学力低下、学力低下」って世間がうるさいから、先生がバカみたいな量の課題をよこしやがるんですよ。もうキチガイかってほどにw

冷静に考えれば、学力低下って何を根拠に言ってるのかあやしい。数学とかの計算を多くの大学生が解けないのは、大学レベルの学問では専攻のヤツ以外そういう知識が必要ないからであって、それなら大学でも受験数学やってりゃいいじゃん、って話になってしまう。大学生の学力低下を言うなら論文の質の低下を言わなきゃならないが、そういう話はあまり聞かないし(「ソーカル事件」とか?)。

昔に比べて学力低下が叫ばれるのは、相対的に「産学連携」の重要度が増してるからでしょう。大学を企業エリートの養成機関と勘違いしてるバカが多いから(経団連とか)、大学がどんどん工場化(専門学校化)してくんですよ。
そういうノリの大学は、もう「学問の探求の場」としては機能不全ですよね。規格化を推し進めて学生を工業製品みたいに扱うようになる。ウチの母校も僕の頃からJABEE導入してるけど、形式ばかりで中身無いよアレ。

んでそういう環境においては、「いかに熱心に勉強するか」よりも「いかに型にハマるか」ってのが重要になってくる。きちんと授業には出席しなきゃいけないし、課題は提出しなきゃいけないし、まんべんなく単位は取らなきゃいけない。「専門書を読み耽っていて授業サボった」とか「考えすぎて課題が提出できなかった」なんて言語道断!型に嵌らない努力は評価してもらえない。

そういう環境をうまく泳げるヤツってのは、やっぱ左脳系、エリート系のヤツですよね。良くいえば「切り替えが上手い」、悪くいえば「熱意がない」。もちろんそういう才能だって素晴らしいとは思う(実際そういうヤツは大人だ)けど、いまの世の中はどうもそちらに偏りすぎている気がする。結果ありきでしか物事が見れない、というか...。

大学全入時代になって、大学が就職へのステップとしてしか見做されてないってのがあると思うんだけど、そういう観点でみれば大学ってのは「ブランドのラベル」だし、大学側が生き残るにもラベルの水準は維持しなくちゃならないでしょう。その文脈での規格化なんだろうけど、果たしてそれだけでいいのかなぁ…と僕は思う。元来「エリートの統治が何か新しい価値を生むだろうか?」ということには疑問を感じているし、現状維持には向きかも知れないけど、新しい価値を生めないのならいずれは斜陽に向かう。「だから価値は外注しよう」ってのが金持ち大企業のよく使うテだけど、マジ汚ねぇよなと思う。もはや官僚機構でしかないわけだから。

やっぱりね、大学にとっての真の命題は多様性の維持だと思うんですよ。全部のテストで80点取るヤツも必要だけど、同時に-100点と200点取るヤツ(つまり測定不能)も必要なんです。そういう天才(変態)が予想だにしない価値を生み出すことでワクを押し広げてくれるし、エリートがそれを維持してくれる。歴史のあるものってのはそうやって続いてきたはずなんですよ。僕は読んでないけど、いい例が森見登美彦の描くマジックリアリズムですよね。フリーダム過ぎて社会不適合者になってんのはどうかと思うけど…ああいうガラパゴス的な大学生態系(笑)は維持すべきだと思う。

昔の大学生は授業にも全然出なくて、サークルとかカルトとか馬鹿ばっかりやってたのかも知れないけど、かといって今の学生のように卒なくこなして、当たり障りのない論文書いてるのもどうかと思う。やっぱり両方必要なんですよ。学問に対するスタンスとしての、極端な例の両極だろうし。

ひるがえって何が言いたいか。
要は「課題の出し過ぎ」が学生の思考力を奪っていると思うわけです。そんな1週間で7個も8個もまともにこなせるワケがないでしょ常考!出来たとしても情報収集スキルとプレゼン能力のアップに繋がるだけで、忙し過ぎてとても知的探求の足しにはなりません。「課題を出さなければ今の学生は何も考えない」という教員側の危機意識が背景にあるんでしょうけど、ハナから「就職斡旋機関」だと思って入ってるヤツばっかなんだから、無理です。

提案。
課題が1週間に全授業中1こか2こだったら、考えるゆとりが生まれるし学問に目覚める可能性も上がるのではないだろうか。


余談。
そもそも高校生のときの僕の計画では、大学在学中に漫画家デビューしてるはずだったんですよ。どこの『ef』だよって感じですがw 忙しくて絶対無理だっつーの、誰だ大学生ヒマって言ったヤツ!?

ちなみに3年の秋にダブルスクールで代アニの夜間に入ったんですが、あれはほとんど意地でしたね(笑)
  1. 2008/02/22(金) 05:31:02|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

決断主義の“その先”を伺う『GUNSLINGER GIRL』

doll
doll」Lia 多田葵

先週のガンスリは面白かった。このころ原作でヘンリエッタが出てくる話って覚えてないんだけど、オリジナルエピソードかな?とても良かった。

昨日の話のつづきになるけど、決断主義といえばガンスリだと思う。
根はロリコン+人形+戦闘美少女という相当歪んだ趣旨で、「従順に教育した女の子を囲って戦闘行為をさせ、それに浸る」という変態ノスタルジー漫画。宇野常寛言うところの「援助交際肯定文学(笑)」以外の何物でもないし、観てる僕も変態。それはまったく否定できないw

イタリアの公益法人「社会福祉公社」は、政府の汚い仕事を代わりに行っている。その中でも作戦2課では現在表向きは障害を抱えた子供達を引き取って福祉事業に従事させることで社会参加の機会を与える、という身障者支援事業を推進する組織ということになっているが、実際は集めた子供達を「義体」と呼ばれる強力な身体能力を持つ肉体に改造し、薬物による洗脳を施した上で、政府の非合法活動に従事させている。
「GUNSLINGER GIRL」Wikipedia

もともと閉じた楽園志向の話だったし、更科修一郎の言うようにそれは当時の美少女ゲームと同じ空気を共有していたと思う。ただ、それが臨界点を迎えたとき、この話は“転向”した。浮世離れした楽園を愛でる話から、自分の愛しいものを守る話へ――。

左手に凶器を 550 miles to the Future

ラノベやアニメやゲームの美少女に愛されることがウソならば、いっそ殺してくれってことじゃないのか。ハッピーエンドの用意された学園ドラマには、もはやリアリティがない。「そんなことで誤魔化されやしないぞ」ってことだ。

今にして思えば決断主義以外の何物でもなかったのだけど、ガンスリは早かった。おそらく「楽園が不可能なら、いっそ美少女に殺してほしい」という潜在的な願望を共有してはいても、新伝綺のようにバカになれなかったからだろう…。そのへん相田裕は、奈須きのこや西尾維新よりもっとヒネクレているし、変態だったw

かくして、この物語は耽美な少女幻想から骨太の人間ドラマに様相を一変する。その分岐点がこの「ピノッキオ編」だ。少女と担当官以外白い“もや”の掛かったような世界観が晴れ、敵も血肉のある人間であり、それぞれの守るべきもののために戦っていることが白日の下に晒される。何のことはない、そこにあったのは現実そのものだった。

歪んだ妄想から現実に舵を切ったとき、それは『ガンスリ』が陳腐な社会に回収されていくようにも見えて、論議を呼んだ。もともと「無垢な少女」を愛でる男に自己の欲望を投影する読者という相当ヒネクレた構造を持っていたのに、また今度は「楽園を守りたい社会福祉公社 VS 別の楽園を目指す五共和国派」という対立に「少女が好きなロリコン VS ロリコンが嫌いな社会」という実社会の対立が仮託されてしまった。おまけにロリコンにとってその戦いの過程は、自分自身変革していかなくてはならない苦痛に満ちたものとして描かれていたのだから(ペトルーシュカの登場)、読者が戸惑うのも当然だろう。結局そこには現実と同じようにすべてが疑わしく、偽善と欺瞞に満ちた空気が蔓延し、退屈に戻ってしまうようにも感じられた。

「決断によって政治に回帰した物語は陳腐である」なぜならそれは既に物語ではないから。遠回りになってしまったが、それを含めて6話を観ると、とても示唆的で面白い。『IL TEATRINO』の脚本も相田裕が書いているのだけど、彼はこのアイロニーをよく理解している。

「私は、確信が持てなくなったのよ。夫の遺志を継いで橋を完成させようと思ったけど、それが大勢の血を流してまでするべきことなのかどうか…」

「俺はもう活動家として限界だ。兄貴が死んでから、ずっと疑問が頭から離れない。『俺達のすることは人を殺してまでする価値があるのか』ってな」

友⇔敵間で繰り返されるこの葛藤が、決断の空しさを浮き彫りにすると同時に、あたかも友=敵であるかのような錯覚を生む効果を狙っている。
したがって、アニメ内で決着はつかないだろうが『GUNSLINGER GIRL』の結末にはかならず1つ大きな山があるはずだというのが、ネット内でまことしやかに囁かれている噂だ。どう考えてもガンスリはこのままではまともに終われない。

思うに「決断主義のその先」というのは、まだ描かれたことがない。夜神月はニアに負けて死んだし、『コードギアス』も完結してないけど、おそらくルルーシュは幸せにはなれない。昔の小説とかには何かいい例があるのかも知れないけど…僕は知らないし、文脈として認知されてない。ベタに考えるなら「そういうもの(資本主義社会)に縛られずに軽やかに生きる」か「ホリエモンではなく孫正義的に、ベタに権力化する」かの2択なんだろうけど…あるいはそのアナザーがあるのか。

『GUNSLINGER GIRL』はそういう意味で“時代と寝た”のではなく、翻弄されながらも“時代を切り拓いている”作品だと思う。おそらく、最初はほんとうに無垢なロリコン漫画(笑)でしかなかったんだろうけど。

余談。
昨日宇野さんのことを書いてから「32回惑星開発大賞」を読み返してみた。思うにアイツはオタクじゃなくサブカル演劇畑の人間だ。文句しか出ないのなら、オタクのことを喋るのはやめてほしい、神が違うんだから。そんなこと言ったら、マスに契合した大人計画なんか僕に言わせればカスだとなってしまう。
…ただ、「実写版『ガンスリ』を撮るならヘンリエッタは宮崎あおいで」というのは僕も全力で賛成。
も ち ろ ん ネ タ で (笑)


関連記事:左手に凶器を 550 miles to the Future
関連記事:論理性のなさを指摘したいなら論理的にやろうぜ?NaokiTakahashiの日記
関連記事:高橋直樹氏への謝罪と釈明及び「GUNSLINGER GIRL」における「図と地」の対応関係小論 BLUE ON BLUE(XPD SIDE)
関連記事:「GUNSLINGER GIRL」読解メモ――「例外状態の倫理」の否定がもたらすもの BLUE ON BLUE(XPD SIDE)
関連記事:相田裕『GUNSLINGER GIRL』 紙屋研究所
関連記事:「GUNSLINGER GIRL」論 Something Orange
関連記事:「白痴でいること」は不幸なのか、それとも幸福なのか ゾゾコラム
関連記事:“少女”の合目的的利用法 ―Gunslinger Girl批判― 「壁の中」から
関連記事:〈脱セカイ系〉の諸相 ―― 相田裕 『GUNSLINGER GIRL』〔7〕 博物士
関連記事:GUNSLINGER GIRL と BITTERSWEET FOOLS の簡単な歴史 博物士
関連記事:「GUNSLINGER GIRL」第2期は紙芝居!? 厳しい評価が続々 にゅーあきばどっとこむ

GUNSLINGER GIRL 1 (1) (電撃コミックス)GUNSLINGER GIRL 1(電撃コミックス)
(2002/11)
相田 裕

商品詳細を見る

戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫)戦闘美少女の精神分析 (ちくま文庫)
(2006/05)
斎藤 環

商品詳細を見る
  1. 2008/02/18(月) 20:17:38|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

「ゼロ年代の想像力」ってどんだけ~

宇野常寛が「サブカル論壇メッタ斬り」という名前のフリーペーパーを出してると知って吹いた。
おまwwwどんだけツンデレだよ!?
「メッタ斬り」とか言っても、こんなの読むヤツ自体「サブカル(非モテ)論壇」だけじゃん…orz

第二次惑星開発委員会が何を目指してるのか、僕はくわしく知らない。けどいわゆる「決断主義」を声高に叫ぶだけなのだとしたら、それはかん違いもいいトコだ。

決断という感情を持ちだしてる時点で非オタ(共感党)と同系だよな。 モノーキー

『みんな、あの時はこういう原因で決断したい時代情勢と感情だったでしょ? でしょ?』ってのはそもそもオタクというちゃぶ台の会話じゃない。とはいえる。


kamimagiさんの言うように、それはよくある大文字の政治的なシニカルさに回収されただけじゃないかと言えるし、はたして彼の国の大統領選挙やこの国の生活利権の喰い合いとどう違うのか?と言われても二の句が継げないだろう。それこそかつて庵野秀明や宮台真司が反発された理由でもある。

時代がエヴァからセカイ系を経て決断主義に回帰する気分は分かるけど、そこに安住してはいけないと思う。「あえて」だが「だがしかし…」という逡巡こそが大切なのであり、それこそがオタクが社会に回収されない強度だ。

…と、ここまで書いて「けっきょく恋愛したいだけなんですよ」と言ってた宇野さんと同じこと言ってることに気づいた。何がしたいんだオレ…orz


余談。
思い出した。「非モテ論壇に全力でしっぽを振る姿勢」をいっそ潔いと思ったんだw というわけでウチも見習って「はてブリンク」導入しました。半端な世代なので「ゆとり」に与しつつ「団塊ジュニア」の揚げ足をとりますが、単に誰にも構ってもらえないだけです。
い っ そ 殺 し て 。
  1. 2008/02/17(日) 16:03:45|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

京アニ版『CLANNAD』がエロいわけ ―Key作品受容の変遷―

080214-CLA01.jpg

ヒナギクさんにコメントもらった辺りからハッキリ意識し始めたんですが、『CLANNAD』が俄然おもしろくなってきましたね!正確にはことみシナリオが終わった15話あたりから。各キャラのエピソードが走り始めて、物語が濃密&緊迫感を増してきた。
こりゃ東浩紀を笑えないな(風子サイコー!(笑))。

前回17話で、遂に杏のエロ可愛さ↑が爆発した感がありますが、これで僕同様「CLANNAD=エロい」と認知した人も多いでしょ? 個人的には12話くらいでヒロインが出揃ったあたりから、何とな~く感じてたんだけど。

080214-CLA02.jpg
ナイスバディ軍団(笑)
「何かみんな、やたらスタイルいいよなぁ…」と思ったんだよ。
アレ、普通に萌えるんだけど、いたる絵*1ってこんなに上手かったっけ?と(笑)

まあ前提として、僕がパソゲー版『CLANNAD』をやってない(発売日に買ったけど積んだw)ってのはありますよ?僕は『Air』以降、鍵から離れた人間なので。

そのうえで、興味深いエントリがあります。



「CLANNAD 体育倉庫の無限ループ」 なんとなくてきとうに

しかしこの動画、3日目ですでに10万超えています。人のこと言えませんが、みんな変態ですね。

なんとなくてきとうにさんのこのエントリでは、問題の体育倉庫シーンがアニメと原作で比較されてるんですが、これを見てはっきりしたのは、実は原作は特にイベントCG無いんですよ(真っ黒…)。だからアニメ版のガンバりはまさに京アニスタッフGJ!なんだけど、これを見て僕は『CLANNAD』のエロさは少なくとも2つのレベルで考える必要があると思った。

1.京アニのアニメ『CLANNAD』としてのエロさ
2.Keyのゲーム『CLANNAD』としてのエロさ


比較、検討

更科修一郎 『MOON.』とか『ONE』とかは、この世のものとは思えない絵が、たまにあるから。七瀬留美とぶつかるシーンとか。
佐藤心 ひどいこと言わないでください、僕はあれが好きだったんですよ!
元長柾木 でも『ONE』と『CLANNAD』とを比べてどちらが可愛いかと言えば、『ONE』のような気もするんですよね。
東浩紀  そうなんだよねえ。時代が変わって、僕たちの美意識が変わっただけって感じもするけど(笑)。
(東浩紀『批評の精神分析』収録、「どうか、幸せな記憶を。」/講談社)

上で普通に萌えるんだけどと書いたように、僕の知る限りKeyのゲームって元々そんなんじゃなかったんですよ。泣きゲー全盛期の頃のKey(『ONE』、『Kanon』、『Air』)って、純度の高さとエロシーンのダメっぷりの2つの意味で「エロ不要のエロゲ」っていう二つ名を持ってたしw(これは尊称でも蔑称でもあった)

だから、「Keyはエロくない」ってのは当時共通認識だったハズなんです。『CLANNAD』の全年齢発売ってのもその文脈だと思ってたし…。たしか発売当時は「やたら幼い」という評判も聞きました。

そこでまず考えたいのが「1.京アニのアニメ『CLANNAD』としてのエロさ」です。つまり、エロ強調はアニメ独自の味付けという推理。
これを検証するにはゲームとアニメの絵柄を比較すればいいですよね。僕はゲームはまだやってないので、Keyのホームページと初回特典のオフィシャルガイドブックを参照します。

080214-CLA03.jpg
「一応ちゃんと持ってますよ」っていうポーズ

『CLANNAD』は18禁じゃないのでこれで十分だと思うんですが、これを見る限り美佐枝さんとか胸の大きいキャラはいるけど、特にエロくはない(そこはホラ、いたるだしw)。

佐藤 Keyの原画を描いている樋上いたるさんがなぜユーザーのハートを掴めたのか、ひとによってはかなり謎らしいんですね。「あんな下手な絵で喜ぶなんておかしい」と叩かれたこともありましたし(笑)。
(略)
更科 逆にリアルな絵柄というのは細部まで描いてしまう分、微妙な内面の揺らぎまで記号化してしまうんですね。
(東浩紀『批評の精神分析』収録、「どうか、幸せな記憶を。」/講談社)

正直それは後づけの屁理屈な気がするけどねw
ただ、樋上いたるの原画はだいぶ上手くなってると思います。けど、むしろ東浩紀たちも言うようにそれは「擬似F&C化」したのであって、決してそれが一直線に肉感的でエロにつながっているとは思えないなぁ(「F&C化」については後で述べます)。

つまりシナリオ的には保留するとして、原作『CLANNAD』のグラフィックがエロいわけではない(と思う)。
対して、ニコニコとかで評判になったように、アニメ『CLANNAD』は客観的に見て(?)たしかにエロいと思う。

よって、
『CLANNAD』のエロ強調はアニメ独自路線。………①

が言えるんじゃないかと。

京アニの作品路線
また、過去のKey原作の京アニ作品とも比べてみました。『Air』が当たって『Kanon』も作ったから、順番が逆だけど。
「エロい」というのは主観が強くて一概に言えないと思うけど、少なくとも僕はアニメ『Air』『Kanon』からはエロさはあまり感じないなあ。

080214-AR01.jpg
Air

080214-KN01.jpg
…と思ったんだけど、KanonはけっこうCLANNADに近いやw
やっぱハルヒが分岐点だな。


Wikiによれば京アニが元請で作り始めたのは2003年の『フルメタル・パニック? ふもっふ』かららしいんですが、僕の知る限り何となくそういう傾向はあるような…気はしますね?(ホントかよ)
ただやっぱり、いちばん同じ感じがするのは『ハルヒ』かも知れない。

080214-SU01.jpg
涼宮ハルヒの憂鬱

080214-RK01.jpg
らき☆すた

京アニ・F&C・俗物回帰
ここからは僕の推論が多くなるんですが、昔(2000年前後)はF&C(広義にアリス、エルフ含む)の影響力ってのが少なからずあったと思うんですよ。物語的にはLeaf、Keyの打ち出したビジュアルノベル系統が強かったけど、絵柄的には水無月徹とか樋上いたる系統は対抗文化で(下手だなーと思いながらやってました)、萌え絵のスタンダードはやっぱF&Cだったと思う。だから98年のみつみ美里のLeaf移籍も話題になったんだと思うし。

ただ、みつみ移籍以降のF&Cっていうのは、絵柄のクオリティも安定しなくなったし、☆画野朗とか、上手い原画家の流出も多かった。むしろF&C自体は退潮して、それ系統の絵柄は萌え系のベースとして、緩やかに場に拡散していったように僕は思うんです(ちなみにF&Cの直系で、アニメとして結実した集大成が『SHUFFLE!』だったと思う)。みつみ自体は絵柄のパクリにかなり厳しいので、大っぴらには言われないけど、彼女の絵が萌え絵のテンプレートとして機能している一面があるのは確実で、「いたる絵」のF&C化もこの文脈という気がする。

また一方、葉鍵を中心に作り上げられた純愛系美少女ゲームの楽園が、「主人公とヒロインの一体化(セカイ的人類補完計画)」という究極の到達点を示して、『Air』によってメルトダウン寸前まで純化された印象があります。その結果、ジャンル自体が息詰まり窒息してしまって、実社会でまったく使えなくなってしまったので(そんな究極に自分を理解してくれる他者は存在しない!)、まずその楽園を壊すことから始める必要が出てきたんだと思う。それが新伝綺ブームにつながり、泣きゲーが担っていた「癒し」も新海誠とか、他ジャンルの表現に移っていった...。

同様に、「萌え絵」の軸も最近は美少女ゲーム本流ではなくて、京アニが担っているように思うんですよ。つまりF&C→京アニという転換です。
これによって何が起こったか。僕は難しく言えば「メタのベタ化」が起こっているんだと思う。具体的には「いたる絵」は「みつみ絵」とは別の論理だったから価値が生まれたのに(「幼いのもイイよね」的な)、今ではみつみ絵が拡散して、いたる絵のKey作品は京アニにアニメ化されヒットしている。そして今や、京アニは萌えのスタンダードですよ。

つまりいたる絵…というか京アニが萌え系のベタになっちゃってて、「元々みつみ絵があった」という文脈が通用しなくなってきてるんじゃないかと思うんですよ。その結果、京アニの『CLANNAD』のビジュアルは原作(いたる)というよりは、むしろみつみに近づいているという仮説は立てられないでしょうか?アナザーとしての「いたる絵」を体現してるのではなく、ベタに「萌える絵」を志向してるというか…。
その結果頭身が高く、より肉感的になり、「普通に萌える」絵になったんじゃないかと。どうですかね?

参考になるのが『涼宮ハルヒの憂鬱』だと思うんですよ。京アニの代表作で『エヴァ』に比肩するような意見もありますけど、持ち上げられ方として「This is 萌え」という感じで、衒いはまったく無いじゃないですか?「長門は綾波のパクリ」とは言うけど、絵的には別人だし(一般人には同じに見えるかもですがw)、ハルヒもみくるも朝倉も鶴屋さんも、ベタに萌えキャラなんですよ。少なくとも京アニ版ではそう機能してる。
ただ、原作イラストのいとうのいぢの絵柄は、もう少しカワイイ系の気がするんですよね、アニメの絵も上手いんですが。そのへんに萌えスタンダード的な匂いを感じてしまう…。

Key、ギャルゲーの俗物回帰
最後に「2.Keyのゲーム『CLANNAD』としてのエロさ」について少し言及して、話を締め括ろうと思います。これについては「『CLANNAD』と『true tears』」という対立軸で別エントリを立てようと思っているので、ほんと軽く。

「京アニが萌えスタンダードなのでアニメはエロくなった」と言いましたが、それとは別に、Keyの物語自体もたしかにそういう方向にシフトしてる気がするんですよ。書いたように僕はゲームの『CLANNAD』はやってないんですが、アニメのストーリーからでも十分にそれは感じられるし、それは特にサブキャラの春原がよく表してると思う。

雅史から春原
春原は『Kanon』の北川とよく似た立ち位置のキャラで、要するに「主人公の親友」というギャルゲーでは確立した立場のサブキャラなんですが、この立場には「世界」を表す役目があります。主人公×ヒロインが作る楽園を超法規的な「セカイ」とすれば、彼らが代表するのはその1歩外側にある、主人公を取り巻くさまざまな人間模様の総体――「社会」と言い換えてもいいかも知れません――です。彼らは主役ではありませんが、主人公がヒロインと「どういう世界観の上で恋愛するか」という前提の上で重要なので、多くのゲームに登場します。『Air』などは登場しない例外的な話ですが、その役目をヒロインの家族(晴子とか)が負います。ただし、かなりヒロインに肩入れした世界観になるので、そのぶん歪みますが。

わかりやすいのは、主人公とヒロインがやたらベタベタな純愛空間を作るぶん、親友キャラが俗寄り、不良寄りになってバランスを保とうとする例でしょうね。いまどきベタに番長気質とかプレイボーイが出てきて、それはそれで滑稽ですが(笑)。ただ、泣きゲー全盛期はそういうわずかな俗世間の介入も排除する傾向がありました。北川もそうですが、『To Heart』の雅史がその代表です。「毒にも薬にもならないキャラ」として定着してます(いわゆる「雅史エンド」)。

ただ、上で書いたように美少女ゲームがひとつの臨界点を迎えたことで、こうした「萌え(純愛)原理主義」的な思想は衰退してゆき、自然、萌え文化の中でも社会的な有効性を持った作品が模索されるようになった気がするし、生き残ったのもそういう作品な気がしますね。これを指して、僕は「俗物回帰」と呼んでいます。――逃避、ネタ傾向が強くて「終わりなき日常」化してしまったのが空しいですが…(『電車男』、『らき☆すた』)。

『CLANNAD』も原作は2004年の発売なので、こうした文脈の途上にある作品なんだと思います。それを受けて春原ってのは、北川と比較してかなり俗寄りに描かれているんですよね。あまりに個性的――というかキャラが立ち過ぎてて(笑)、最初面食らったんですが、よく考えたら『CLANNAD』ってのは脇役がたくさんいて、春原も含めてそのみんな(ヒロインも)が集まって「世界」を作っているんですよ。だからもう彼は通り一遍の親友キャラじゃなくて、「春原陽平」なんです。スゲェ!(予算がなきゃ出来ないですけどねw)
物語自体もかなり俗っぽい笑いやエピソードが採り入れられていて、だいぶ「普通のドラマ」に近づいてる気がします。だから逆に“フツーにエロい話”が出来たんだと思うし。まあでも、まだエロゲくさいですがね。それでも昔を知ってるだけに驚きです(そもそも女の子に「いい体してんな」なんて、間違っても言ってはいけない世界観でした。白すぎてw)。

――というわけで、やや弱いですが
Keyのゲームも俗物回帰(ややエロ化)している。………②

が言えたと思います。

まとめ
よって、
①『CLANNAD』のエロ強調はアニメ独自路線。
②Keyのゲームも俗物回帰(ややエロ化)している。

より、
「全体として、アニメのクラナドはけっこうエロい!」

が成り立つんじゃないかと思います。
また「それは京アニが萌えスタンダード化したからではないか?」という新仮説も立てられたので、これについては引き続き検証したいと思います(笑)。ちなみに僕、大学は論文で卒業してないんで、形式とかかなり適当ですけどソコは突っこまないようにw

…「エロ」ばっか連呼しててホント何なんだってかんじですがwwwこれで締めます。


余談。
こういう経緯を知らない人ってアニメのことどう思ってるんだろ?ましゅあにさんとか「エロ嫌い」って言ってたしなぁ…。
でも、オレも昔セガサターンの『Piaキャロ2』とかめっちゃ惹かれてたしなぁw 結局萌え絵は好きなんだよなぁ…。
余談2。
『CLANNAD』が何クールなのか、けっきょく僕かぁ分かりません。
テキトー言ってすいませんでした。m(__)m

関連記事:『花とアリス』 ってか、これ何てエロゲ?
関連記事:「CLANNAD 体育倉庫の無限ループ」 なんとなくてきとうに
関連記事:CLANNAD-クラナド- 第17話 杏&智代のエロさに神回を見た! 二次色ノート
関連記事:こうして僕等はギャルゲー電車「CLANNAD」号に乗っかった。ぬるヲタが斬る
言ってませんでしたけど、僕も乗りましたよCLANNAD電車。ていうか気づいたら乗ってたw
関連記事:CLANNADと筑駒  kajougenron
関連記事:CLANNADは人生とは はてなダイアリー
関連記事:CLANNADは女が見てはいけなかった はてなダイアリー
関連記事:CLANNAD(クラナド)英語吹き替え版のクオリティが凄い ニコニコ動画
(from Shamrock’s Cafe
関連記事:信者でも思う、麻枝准の弱点 りきおの雑記・ブログ
関連記事:ONE~輝く季節へ~ 考察・解説・レビュー等まとめ とっぽい。


批評の精神分析 東浩紀コレクションD (講談社BOX)批評の精神分析 東浩紀コレクションD (講談社BOX)
(2007/12/04)
東 浩紀

商品詳細を見る

*1 :その昔、Keyの原画家「樋上いたる」の描く絵は、ヘボいのに何とも言えない魅力があるので「これは『いたる絵』という新ジャンルなんだ!」と超理解されました(笑)
  1. 2008/02/14(木) 22:57:53|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

『若者を見殺しにする国』 腐った平和へ、アンチとしての「希望は戦争」

フリーターが朝日系の左翼誌『論座』に「希望は、戦争。」とぶちまけた、いわゆる「赤木問題」の当事者赤木智弘の本。2007年を代表するトピックであった問題の“赤議論文”「『丸山眞男』をひっぱたきたい――31歳、フリーター。希望は、戦争。」も収録しています。

若者を見殺しにする国―私を戦争に向かわせるものは何か若者を見殺しにする国―私を戦争に向かわせるものは何か
(2007/10/25)
赤木 智弘

商品詳細を見る

――正直、最初僕は、赤木さんは完全に“ネタ”だと思ってたんですよw 「最近は極左誌も2ちゃん化してんなぁ…」程度で深く知りませんでしたし。でも巡回先(「智の蔵」さんとか、Keiさんのとことか、東浩紀とか。あとNHKで赤木さん本人も見た)を見てたら意外と根が深いらしいぞ、と。で、買ってみたわけです。たしかに面白かった。

戦争は手段

 そして、「平和を守ろう」という人たちにとっての「九条をどうするのか」と言う議論が、平和を達成するための方法論でしかないように、私にとっての「希望は戦争」、すなわち戦争という希望も、「平和」との闘争のための道具に過ぎません。

こう言っているように、切実さはあるものの、赤木さんにとっての「戦争」はあくまで道具なわけです(そもそも「敵」は身内)。そしてほんとうに言いたいことというのは、なんのことはない、「格差を何とかしてくれ(今すぐ)」ということ。警戒していたより、かなり僕の言い分に近い人でしたね。

左翼連中の憲法論議より、名前は出ていませんが、彼のやり方はむしろ右傾化した宮台真司の模倣だと思うんですよ。宮台が過剰流動性を打倒するために、あえて天皇を担いで「東亜細亜共同体」を標榜するのと、赤木が戦時の「大東亜的」清貧さにノスタルジーを感じて戦争を希望するロジックは全く変わらない。両方とも打倒したいのは、結局のところ、資本主義社会そのものですから。

ただ、赤木さんが東浩紀とかいわゆる“プロ”たちに「あいつのは思想じゃないけど…」としか見てもらえないのは、僕は経歴の問題じゃなくて単にスタンスの問題、といういう気がする。「一流の肩書きを持つ人間が描く理論は一流だ」なんていう見方は僕は懐疑的だけど、かといって『若者を見殺しにする国』は、スレスレのところで思想の体をなしてないような…。それは彼がブロガーとしての出自から雑文書きであり、アジテーター(扇動者)を気取ってるからで、僕は内容自体は、もっと改まって書けばちゃんと読めたと思うんですが。
まあ、だから「カウンターパンチ」として有効だったんでしょうね…。

「会社共同体(経済合理性)が社会を悪くする」とか、「ゆとり教育に賛成」などのスタンスは概ね僕と近いです。立場が似てることもあると思う。
ただ「富裕層(上流)が儲けるのは全然気にしない(自分が助かればいい)」とか、さんざん社会の無情さを批判しながら、「それでも社会に助けてもらおう」と期待するところとか、「『普通の安定』を保証しろ」と妄執的なまでに繰り返すところは、僕と違う。ベースは同じだけど、採った立場が違う気がする。

彼の言い分を端的に表すと「小市民」なんです。つまりバブル崩壊以前には確かにあった、「“普通の幸せ”を返してくれ」と言ってる。それが赤木さんのノスタルジーだから。…ただ、自身でさんざん批判しているように、たぶんそんなものはもう無いんですよ。だから僕のスタンスは「絶望からはじめよう」です。多様でポストモダンでウソばっかりの時代だから、もう自分を信じるしかない…というか。ほとんど気分は戦後のドヤ街のソレですねw だから僕はクリエイターとかプロフェッショナルとか、主体的なモノ(ただしうさんくさい)を志向するんだと思う。「自己責任論」ではないですが…。

だから、企業とか社会が「善者」だというイメージ自体捨てろ、と僕は言いたいです。赤木さん自体が、自分が批判した中流幻想に捕われていて、いまだに抜け出せないことがこの問題をややこしくしているんだと思う。――ただ、彼がそういうスタンスを採ったことで、彼の言動が「癒し」として商品になったのは、ほぼ間違いないでしょうね。そこは頭のよい彼は絶対に分かってる。分かった上での道化ですよ、“生きるため”に。
…ああそうか、だから「思想」じゃねーのか(笑)

個人的に、赤木さんが何とか文章でお金をもらえたように、ネットとか過剰流動性が高まっている今だからこそ、ギリギリのところで「努力すれば何とかなる社会」は、存続していると思うんです。それがこの先も続くとは、僕はとても思えない…。だから、僕や赤木さんや団塊ジュニアのように、先行世代のノスタルジーに染まりきってしまって身動きの取れない人は、本当に「死ぬ気で」今すぐ足掻いてみたほうがいいと思う。それも愚直に動くのではなく、この社会を利用するかのように、賢く。
――もちろん、初心は忘れずに。


 こうした絶望的な状況を受け止めながら、いかにそれを軽く受け流すことができるか。私たちには、そうした適応力が求められているのかもしれません。「努力をすれば報われるんだ」という言葉を信じて、低賃金で働き続けるのではなく、かといって労働そのものから逃避して、成長と希望を享受した連中にうしろ指をさされる口実をつくるのでもなく。私たちを殺そうとする社会から、いかに「ケツをまくって」逃げ出すか。



余談。
赤木さんが言うようなノスタルジー(SF共同幻想)が通じるのは、たぶん僕の世代が限界、という気がする。それ以降の「ゆとり世代」には、もうそういう迷いすら無いから逆にのびのび動ける――という状態を僕は期待してる。今年は就職がいいと聞く。それは、ようやく滞っていた団塊世代の退職がはじまり、世代交代が進みはじめたということだし、あるいは社会の循環はだいぶ戻りつつあるのかも知れない。ただし、既に適齢期を過ぎてしまった団塊ジュニアを置き去りに…。


絶望から出発しよう (That’s Japan)絶望から出発しよう (That’s Japan)
(2003/02)
宮台 真司

商品詳細を見る
  1. 2008/02/12(火) 21:41:26|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

『狼と香辛料』 3話

この話のホロのやり方はかなりグレーなんだけど、これを肯定するか否定するかでその人のスタンスが量れる、というか…。
僕的にはこれは完全詐欺だ。いや別に、現行法がどうこうじゃなくてね。そういうやり方もあると思った人は商売向きだと思うよ。ただそれが通じない人もいるよってこと。

小説読んでたときはあまり気にならなかったなぁ…。「萌え経済学」だと思って読んだからかなあw


萌え経済学萌え経済学
(2005/10/30)
森永 卓郎

商品詳細を見る
  1. 2008/02/09(土) 00:46:13|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

『ARIA The ORIGINATION』 4話

最近気づいたんだけど、『ARIA』って仕事の話なのに「お金」の話をまったくしないんだよ。
僕がブログでさんざん言ってるように、経済原則はこの作品のテーマの「癒し」とはぜったい合わないと思うんだけど、かといって仕事しといて金銭を全く気にしない、ってのもどうかなーと思うんだよ。

灯里「もっとです~、もっともっと、会社のお役に立ちたいんです…」

でないとこの部分だけとか聞いてたらキモイよ。「会社」って何だろう?って考えちゃうよ…w
結局本気で現代人を癒そうとするなら、そこは避けて通れないと思う。そのへん明らかに天野こずえは考えが甘かったと思う。

たとえばこの4話でアトラ&杏というキャラとその先輩との軋轢が描かれるけど、まさにこういう問題には現実的に情緒/効率(経済)の問題が絡んでいるはずだと思うんだよ。そこを描くべきではなかった?また、杏が「やわっこくなりたい(柔軟に自分を変えて他人の意見を吸収したい)」と言っているけど、これは僕はぜったい賛成したくない。結局「曲げられない何か」を持っていない人間がどう出世したところで、世の中が良くなっていくとは思えないから。そういう流動的な態度が不正の蔓延する社会を生むんだと思うよ(言い過ぎかw)。赤木智弘じゃないけど、この作者のフェミ的な仕事に対する問題意識の薄さが透けてるよなぁ…。

どんなに努めても、決して相容れない人間というのもいると思うし。そういう意味で、この「厳しい先輩」が無名の誰かじゃなく、たとえば晃だったら良かった。仲良しメンバーには好かれているけど一方では嫌われていて、どっちも悪くないけど絶対にその溝は埋まらない…とかのほうが話としては深い(癒しじゃねえよそれ)。
  1. 2008/02/09(土) 00:37:25|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

『GUNSLINGER GIRL -IL TEATRINO-』 3、4、5話

3話のトリエラが可愛い!
原作が淡々としてるんでピノッキオ第1ラウンドは「負けた…」って感じだったけど、ここってこんな情感こもったシーンだったんだなぁ。この子いじらしいよ。

あと4、5話のアンジェリカ恐っ
なんかねぇ、原作より目がデカくてロリロリしてんだけど、そのせいで殺陣シーンがヤパい感じで恐いんだよ…w
でも何か作品の主旨的には、より尖って危険な香りが増していい気が…(^_^;)

このアニメ演出とかけっこう細かいとこ凝ってるんだけど、ぎこちないんだよな~。総合的なクオリティが高く見えない。顔とかも回によって感じ変わるし…。第1話が特にヒドくて観た時「ヤバいかも」と思ったんだけど、ただその後はわりと普通かな。というか、最近『CLANNAD』と『true tears』と『00』を基準に観てるから、ハードル高杉だオレ。反省…orz

でもね、どんなにクオリティ高くても『true tears』は負のオーラを感じるからダメだよ。映像(え)がダメでもガンスリは僕らの問題意識をちゃんと受け止めていると思うから好きだよ。
  1. 2008/02/08(金) 23:57:38|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

At Tokyo, from Tokyo. 『東京から考える』

東浩紀 おそらく、東京という総体について思想的に語るなんてことは、もはや不可能だし無意味なんですね。けれども、他方で、いまも東京が生きて動いていることも事実で、それについて何か語りたいような気もする。そこでいかにも中途半端に出てきたのが、本書のタイトル、「東京から考える」の「から」なんでしょう(笑)。


東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス 1074)東京から考える―格差・郊外・ナショナリズム (NHKブックス 1074)
(2007/01)
東 浩紀、北田 暁大 他

商品詳細を見る
東浩紀・北田暁大が「東京圏生まれ」という自分の生い立ちから振り返って見る“東京”論。東京というのは日本の中でも特異点だし、インターナショナルな視点でもエッジだというのは、僕も地方出身者なので何となく肌で感じる。この都市がハードウェアはともかくソフトウェア的にはたいへん先鋭的で、東京でのとある事象――たとえばヒルズ族やオタク――を取り上げれば、自然それが現代社会の抱える問題につながっているという点で、東京は「学」が成立するほど懐が深いし、「ファスト風土」で一蹴できる地方より面白い都市だと言えると思う。三浦展の『下流社会』や森川嘉一郎『趣都の誕生』もそうだけど、この『東京から考える』もそうした東京の威を借りた本の1つといえる。テーマ的にも三浦展、森川嘉一郎を受けて企図された印象が強い。東の活動でいえば、こうした意識は「ギートステイト」なんかに繋がっているように思う。

この本では大まかに、都市の在り方を「広告都市」的なものと「ファスト風土」的なものに分類しています。「広告都市」はパルコによってプロモーションされた80年代渋谷のような、実質はともかく“○○の街”というブランディングが浸透している街のことで、ほかに東急田園都市線沿線の“マダムの街(本当の金持ちではない)”青葉台などが挙げられています。別の言い方でいえばシミュラークル、テーマパーク的な、共同幻想性の強い街のこと。本来の意味でのニュータウンや、歴史的街並みもそうです。一方「ファスト風土」とは、三浦展が言うような利便性と標準化が過剰になり、国道16号線に顕著なような、どこまで行っても同じような家と道路と車とショッピングセンター(ジャスコ)に覆われた極端に流動的な街並みのことで、実情としてのニュータウンや全国の駅前再開発などがこれに当たります。通して読むと東・北田はこの分類を用いて、東京という都市がシミュラークルとファスト風土の巨大な集積であることを検証していて、同時にポストモダンな状況では総体としての「東京」に実体はなく、語ることは不可能であると指摘しています。

僕が東浩紀を面白いと思うのは、この分類の仕方が「嘘」と「夢も希望もない」という2択だけで、ハナから「本物」なんて期待してないところなんですよね。本を読むかぎり、北田暁大はもう少し感傷的で含みを持たせているので、これはたぶん東の文脈だと思うんですが。いろいろ彼を見ていると、この「本物はない」というのがどうも彼の根本原理な気がするんですよね、キッパリ割り切るところとか、工学的な関心とか。…まあ、僕のいる建築分野がとりわけウダウダしてるだけで、社会学の分野では普通なのかも知れませんがw 宮台真司とかも「再帰的近代」とか言ってたし。

またこの本の中で景観論者の松原隆一郎の名前が挙がっているんですが、要するに松原的な意見が、都市に対する建築サイドからの一般的な見解なんだという気はする。篠原一男からつながる「カオス東京」的な東京擁護、「広告郊外」は肯定で「ファスト風土ニュータウン」は否定――という。ただコイツらのいう東京はオシャレな西側であって、殺伐とした東側じゃないんですよね、そのへん「カオス東京」と「広告郊外」は区別されてない。日本の現代建築は何だかんだ言って「歴史」という物語性を忌避するのですが(「尊重」という名の断絶)、戦後以降の身近な歴史性には無自覚に従順だったりする。このミーハーさはどうかと思うんだけど…。

だから東浩紀がこの本で「要するに“魅力ある街”とは若者の街ですよね」とバッサリ斬ってくれたときは「やったー!\(^o^)/」って気分でしたよ(笑)三浦展や建築が理想と掲げる下北沢や高円寺、代官山なんかの西側の街も所詮共同幻想で郊外ニュータウンと等価だと彼は言ってくれた訳です。まあ渋谷や秋葉原も同様なんですが…どうせすでにヒエラルキー高くないしw とにかく僕としては「Save the 下北沢」とか叫ぶのもいいけど、自分たちの信じてるものが所詮虚構のテーマパークだとしっかり自覚してほしいわけですよ。自分のことを棚に上げて「テーマパーク(ニュータウン)」と言うと嘲笑う人がホント多いから。そこを自覚した上で「でもオレはこれが好きだから、守りたいんだ!」と言うならぜんぜん話が違うと思いますよ。

オタクとしての東浩紀もそうだし、うちの大学の先生とかもそうだったんですが、ベタに好きなものはもうどうしようもないと思うんですよ。ハタから見たら論理的におかしいんだけど、それ以前に好きだからどうしようもない、というか。…だって理屈なんて、好きでしょうがないものを弁護するために後からでっち上げた口実でしょ。そこに意味なんて無いわけです(無いとバレてもヤバイのですがw)。ただ、メタ議論を無視するわけにもいかないから(でないと自分と逆に「生理的に受け付けない人」に差別される)、趣味人はそれに戦って勝たなきゃならない。だから下北沢とかも歴史とかもっともそうに言う。けど外野には、むしろそれが鼻につくんですよね。難しい…。

東方文花帖 ~ Bohemian Archive in Japanese Red東方文花帖 ~ Bohemian Archive in Japanese Red
(2005/08/11)
書籍編集部

商品詳細を見る
たとえば、「東方シリーズ」という同人ゲーム作品がありますが、アレなんかは明らかに趣味コンテクスト(文脈)への引きこもりでしょう。この作品は露骨に『かぐや姫』なんかのさまざまな童話のパクリで構成されているんですが、東浩紀の言うデータベースそのものなので、意味的な必然性はなく完璧に切れてる。でも作者や二次創作で盛り上がる人たちに「パクリじゃないか」と言っても痛くも痒くもないし、まったく意味がない。だって魔法とか大好きだし、子供の頃に空想したようなごった煮リミックス感も大好きだし、それに⑨萌えだからw 「意味なんて喪失してるけど好きなんだもん、ほっといて」というのが、ファン内で暗黙に共有される“日本のどこかにあるという幻想郷”の世界観です。たしか長野の山奥だったと思いますが、こういう感覚はむしろきわめて東京的だと思う(作品自体にそういうメッセージ性は無いですよ?)。

そういうのはゴスロリやコアな音楽ファンもそうでしょうし、青葉台の監視社会も絵に描いたような成城のマダムもオウム真理教もある意味そうだと思うんですが、誤解を恐れずに言えば、それらは外部との応答でキモくなるけど、別にそれ固有でキモイわけじゃない(コミュ力が無いのは困るけど)。だから我が身を省みて思うんですが、僕はオタクももっと自分の趣味に胸張ってればいいと思うんですよ。“非モテ”の裏返しの純愛・ユートピア志向、いいじゃないですか、別に。悪いことじゃないでしょ。ただ、だから逆にそういうふうに自己実現しようとはせずに、同類で馴れ合って、萌えに耽溺するような風潮にはどうも賛成できないところがありますよね、それが癒しと言われればそれまでですが…。だって僕らが本当に望んでるのは、キレイな街で、暖かい家族がいて、純粋に恋して…っていう至極広告郊外的な風景(『とらハ』的な)じゃないですか?それがテーマパークだろうが何だろうが、僕(ら)はそこに居たい、信じたい。決して「エロ同人誌に埋もれて暮らし、メイドカフェで散財…」というのが望みじゃないハズだ!…そういう意味では、僕は分類上ライトなオタクですけど、精神性は過激というか、もうどうしようもなくオタクなんだな、と最近思う…orz

余談ですが最近、伊賀大介に触発されてネルシャツ(あのチェックのヤツ)に目覚めたり…。だってこれは僕らの民族衣装ですよ?そこらのにわかB系よりよっぽど歴史性ありますよ(笑)

飛躍しますが、僕は崩壊した会社共同体に代わる中間集団、職能集団としてのテーマパークを志向しているわけですよ。まさか東浩紀がこんなに「テーマパーク」を連呼してたとは正直ショックですが(自分が言い出した概念だと思っていたので…(泣))、要するにそういうことですよ。だって好きなんだもん。好きなもの(だけ)に囲まれて、好きなことをして、好きな“神”を信じて生きたいじゃないですか。それに「自分の好きなことを仕事にしろ」って言われてたじゃん?なのに現実にはそういうふうに出来てないわけですよ。日本型経営もバラ色の郊外幻想も終わってんのに、いまだにサラリーマン以外のライフプランなんて無いわけですよ。毎日スシ詰めの山手線に揺られて、しかも同じ電車にはやかましい学生やゴスロリ少女までいて…いったいどんなテーマパークだよ?と思いますよ。要素の囲い込みすら出来てねーじゃねぇか、というかそれ以前に誰が望んだんだこんな社会!…とかね。まあ、資本主義社会は金さえ積めばあらゆることが体験できる、上位概念のテーマパークと言えなくもないですが…。


余談。
物語を作るうえで「広告郊外」と「ファスト風土」の差異には扱い上注意を払う必要があると思う。いまパッと思いつく範囲で広告郊外的な舞台を描く作品としては、minoriの一連のゲームが挙げられると思う。この間アニメをやっていた『ef』では、作品の舞台である音羽はかつて震災と大火に見舞われ、廃墟の上にヨーロッパ的なフィクショナルな街が再建された、とされる(郊外には爪跡が残る)。『Wind』ではネタバレになってしまうが、路面電車の走る広告郊外的な街は、実はあるひとりの少女の空想であり、街を出ようとすると物語りが終わり、消える。『BITTERSWEET FOOLS』では、制作に携わった相田裕の漫画作品『GUNSLINGER GIRL』のパラレルワールドとでも言えるような、フィレンツェでの暖かい日々が綴られる(僕はこの作品が大好き)。
一方「ファスト風土」を描いた作品としては、アニメの『serial experiments lain』が挙げられる。主人公玲音の目に映る現実世界は、電線が張り巡らされ、家庭からストリートに至るまでウソ社会的で、汚らわしく、彼女は嫌悪感を露わにしている。そしてネット世界(ワイヤード)に精神的比重を移してゆく。

対比をして思ったのだけど、当然だが同じ「郊外」でもその人の周囲の状況によって受ける印象はまったく異なるだろう。要するに周囲でテーマパーク的な妄想が機能しているか、いないかで、現実に16号線如何に関わらず広告郊外になったりファスト風土になる、ということはあると思う。だから三浦展的な「ファスト風土=凶悪殺人」というのは起こってしまえばどこでも言えるわけで、ズルイなあと思う(まったくウソとは思わないが)。暗い話を描きたいならファスト風土で、明るい話を描きたいなら広告郊外に勝手になる、ということだ。ただし、広告郊外的な作品でもベタに消費されることは少なくて、minoriにしても葉鍵にしてもはかなさを秘めた存在として描いている。

また、東の言うようにプロパの意図とは全く別に消費されてしまうというのはよくあることで、「地方」や「子供」なんかが典型なんだけど、もしかするとベタに広告郊外を生きている人にファスト風土的な作品を観せるのは、描き方によってはその人を不幸にしてしまうんじゃないかなぁ、とも思った。宮台真司が「分からない人に無理に教えると不幸になる」と言っていたし。ただ、誤配によって文化が回っている側面があるのもまた事実だろうなぁ…(例:非モテにおける『恋空』読解)。

関連記事:「ファスト風土化する日本」 全ての理想は、現実の前に屈服する


ファスト風土化する日本―郊外化とその病理 (新書y)ファスト風土化する日本―郊外化とその病理 (新書y)
(2004/09)
三浦 展

商品詳細を見る

メイド・イン・トーキョーメイド・イン・トーキョー             .
(2001/08)
貝島 桃代、黒田 潤三 他

商品詳細を見る
  1. 2008/02/05(火) 05:33:26|
  2. Permlink|
  3. たわ言|
  4. トラックバック:0|
  5. コメント(-)|
  6. このエントリーを含むはてなブックマーク

PROFILE

  職業ニート
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。