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冬コミ出展情報と今年のまとめ

121226.png

ひさしぶりの更新です。この度コミックマーケット83に参加することになりました。

コミックマーケット83
会場:東京ビッグサイト
日時:12月31日(月)10:00~16:00
ブース:西り-05a「架空線」
(瀬尾浩史さんのサークルへの委託になります)


僕が描いたものは2つありますが、すべて瀬尾浩史さんのサークル「架空線」に委託させていただきます。


まず1つ目、ネットラジオ『アニメコミューン』の合同誌に描いた『中二病でも恋がしたい』の二次創作漫画です。10Pで、内容はモリサマーこと丹生谷が合コンに行く話を軸に、今の社会状況とかをちょっと入れています。
『アニメコミューン』ではそのほかにひろぷさん、かっぱさんとやったアニメ座談会にも参加していて、みんなで今年のアニメの概況について語っています。おおかみこども→関係性→リトバス→京アニと繋いだあたりがオレのハイライトだと思います。

『アニメコミューン』全体の公式な告知はこちらになります。
素敵な女の子の表紙が目印です。
http://www.voiceblog.jp/animecommune/1849203.html



2つ目は、アキヤマルテナンさん編集で瀬尾さんたちと作った合同誌『HOTぱんつ』です。夏の水着本の延長で何か作ろうという話になり、冬は寒い→何か温かいもの→HOT→ホットパンツ!みたいな流れになりました。…べつに温かくないですが、まぁ商売的には間違ってない気がします。

僕が書いたのはオリジナル漫画4Pで、うちのキャラでホットパンツ女子のソドムちゃんが出てきます。4Pに絶対領域のカットを入るだけ詰め込むというあざとい作りになっております。他の人の作品もだいたいそんなノリです。
中二病のほうもそうですが、今回結構作画を頑張ったので自分では満足しています。ふとももの質感とか、あと両方とも冬の話にしたので冬服とか雪景色。ぜひ見ていただけたらと思います。


さて、年の暮れということで1年を振り返ると、今年はいろいろやったのですがそれがまだ表に出せてなかったりするので、個人的には来年までまだ一区切りつかないかな、という感じです。世間的にも今年は次の段階への地固めという感じだったんじゃないでしょうかね。

今年から業界に入ったんで言えないことも増えましたが、来年は何かしら報告できるかなと思っています。
それでは大晦日、年納めということでみんなで楽しみましょう!
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  2. 2012/12/25(火) 22:11:42|
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ピースボートに学ぶ承認の箱舟の行方『希望難民ご一行様』

「目的性」のない「共同性」だけのコミュニティ。これって何かに似てないだろうか。そう、ムラである。ムラには、生活を共にするとか、いざという時は助け合うとか、そういう意味での目的はあるが、社会的ミッションのようなものはない。
 このような目的のない血縁や地縁をもとにした集団を、古典的な社会学では「コミュニティ」と呼んだ。

(P254)

希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書)希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 (光文社新書)
(2010/08/17)
古市 憲寿、本田 由紀 他

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 フレッシュな若手の社会学者、古市憲寿のデビュー作。対象に深くコミットしながら突き放して冷静に観察し、かつその結論に対して拘らず軽やかに流してしまうエリート臭漂う論考です。
 この本が調査対象としたのは、格安で世界一周のクルージングを提供する「ピースボート」。古市は自らこの100日ほどの航海に乗り込み、体験やクルーズのメンバーとの交流を基に論を編んでいます。1000人もの目的を一にする集団に対して密着調査を行なったレポートとして、また航海中の現代社会の縮図とも言えるような興味深い出来事の報告として、価値のある内容だと言えるでしょう。


若者の4類型
 古市によれば、ピースボート参加者の構成は大きく若者と年配者に2分されます。注目すべきは、彼がこのうち若者層の性格についてアンケートを元に性格類型を行なった4象限分類です。

 110923.png

 この分類は、ピースボートの雰囲気に馴染めているかという「共同性」と、ピースボートの掲げる左翼的な理念に共鳴しているかという「目的性(政治性)」を2軸とし、それへの度合いによって若者を4タイプに分けます。

 「セカイ型」は素朴にピースボートの理念を信じ、クルーズに深くコミットしているタイプで、ピースボートの恒例である「憲法9条ダンス」を踊る若者などがこれに該当します。
 「文化祭型」は政治への関心は薄いがピースボートの雰囲気や活動には好意的なタイプで、航海中毎日のように行なわれていた船内イベントに積極的に参加します。
 「自分探し型」はピースボートの政治理念には共感するが共同性にはコミットしないタイプで、もっと真面目に社会について考えている若者たちです。古市がこれを「自分探し型」と名付けたのは、小熊英二が学生運動の政治性を「自分探しの一環だった」としたことに由来します。
 「観光型」はピースボートの共同性にも政治理念にも共感せず、普通の観光旅行を目的としていたタイプです。

 このような性格類型が、航海中に起こる出来事に対して分かりやすく異なった反応を返します。


ナショナリズムと癒し

「近代」から「現代」の過渡期にあって、「自分とは何だ」というアイデンティティ・クライシスに初めて集団的に見舞われたのが1960年代末の若者たちであった。だが彼らは自分たちが何を求めているのか言葉にすることはできなかった。そこで若者たちは自己のアイデンティティの確立を求めて「反抗」を開始した、というのが小熊の分析である。

(P60)

 古市がピースボートとの比較で挙げているのが小熊英二の『1968』と、90年代の「新しい歴史教科書をつくる会」的なぷちナショナリズムです。小熊によれば、戦後の貧困や飢饉といった「近代的不幸」が一段落した60年代に若者の政治運動が盛んになったのは、その時代の若者が近代の成熟に伴い、はじめて「現代的不幸」に直面したからだといいます。現代的不幸とは、社会の成熟と流動化に伴い、人々が今で言う「メンタルヘルス」「自己啓発」などの内面的な問題を抱えるようになったということです。それは要するに近代化の徹底がもたらす必然でしたが、当時の若者たちにとってはその閉塞感がどこから来るのかよく分からなかった。そのため若者たちは自分の憂鬱の原因を外部――すなわち政治の不徹底――に求め、政治運動を展開したというのです。
 そして本来ならば左右立場が逆である90年代の「つくる会」もこの延長でとらえます。つまり、近代の徹底によって従来の共同体が崩壊し、自分を保証してくれる承認が欠如する中で、「歴史」「日本」という居場所を虚構的に捏造することで、癒しを得ようとしたというのです。こうした論法についてはこのブログでもたびたび指摘しています。

関連記事:歴史と捏造
関連記事:カオス*ラウンジは日本現代美術の優等生であり、pixivは悪い場所の現在形であること。

 古市はこうした「現代的不幸」に端を発する政治運動と、自分探しやバックパッカーの元祖であるヒッピームーブメントは同根であるとして、ピースボートへの接続を図ります。ピースボートは83年の「『日本のアジア侵略』を『進出』と書き換え、被害国の人々が抗議した」とされる教科書問題に端を発し、設立メンバーに現社民党の辻元清美が名を連ねるなど正しく左翼的な団体ですが、古市によればその内実は癒しとなったナショナリズム同様、カジュアル化していると言います。しかし90年代の「つくる会」と00年代末のピースボートには、わずかな差異がある。それは小熊が指摘する「心」「生きてない実感」「アイデンティティ」といった内面の問題を、社会や政治と切り離して論じる慣習や言説が浸透したことに関係しているのではないかと彼は考えます。


無邪気なセカイ

ピースボートの若者の語りからは、「右翼」を非難するような声はあまり聞かれない。「つくる会」に集う人びとがアイデンティティの不安を「サヨク」の忌避という外部に求めるのに対して、「セカイ型」の若者たちはその答えを自分たちの内面に求めようとする。(略)だからこそ「自分が変わればすべてが変わる」(ヒロ、27歳、♂)という発想を抱きうるのである。

(P192)

 サブカルチャーではよく言われるように「きみとぼく」の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直結する作品群のことを「セカイ系」と呼びますが、古市の性格類型における「セカイ型」はこのことを示唆しています。つまり、自分――社会――世界という関係のなかで社会を消去したセカイ系と、内面の問題を社会や政治と切り離して考え、「自分が変わればすべてが変わる」とするセカイ型の若者の思考はオーバーラップしています。そこでは全共闘の活動家が「自分の日常性が、このろくでもない体制を支えている」と語った社会との連関の意識は消失しており、むしろ古市も触れているようにニューエイジ的な「気づき」の文脈で捉えるのが妥当でしょう。こうした内面の思考は学生運動やつくる会のように敵を設定しませんが、そのかわり実効性もありません。環境問題や世界への意識が高い若者たちが、反面世界からの情報が遮断された長期間の船上生活に耐えられるというパラドックスが成り立つのは、彼らが社会を消去した自分の延長として世界を捉えているからでしょう。古市によれば彼らの国際理解力は高くありません。この点について彼は突き放しています。

 ピースボートは実際に世界各地の「場所」を巡るはずなのに、若者たちはその土地の歴史や環境という固有性になかなか目を向けることはない。ピースボートに乗る若者たちの語る「世界」はあくまでも「世界」であり、各寄港地は「生きる実感」を得るための「背景」として受容されているに過ぎないのである。
 ベトナムへ行っても、ヨルダンへ行っても、アメリカへ行っても、「世界」が「世界」以上に分割されることはない。

(P200)


承認の共同体

 9条ダンスを踊る若者たちに、もしも戦争が起こったらという仮定の話をすると、「考えたくない」と答える人が多い。リカ(23歳、♀)は「どうしよう」と悩んだ後に、「人が死んでも武力でやり返そうとしてはいけないと思う。また同じことをするのは嫌だからぐっとこらえる。そうしたらわかってもらえる」と答えてくれた。
 彼らに共通するのは、「想い」さえ通じ合えば「わかってくれる」という期待である。そこに「想い」を共有しない他者の存在は想定されないし、だから他者との合意形成の過程も想定されない。この「想い」によって理念が実現するというのがピースボートの考え方なのである。
「世界平和」も自分たちで形成していくものというよりは、他動的に実現されると思っている人が多い。

(P201)

 このような雰囲気の船内で事件が起こった。ピースボートのもう1つの参加層である熟年世代が、度重なるトラブルによって寄港地での予定が大幅に削られたことに対し不満の声を顕わにしたのだ。彼らは奇しくもちょうど熟年リタイアを迎えた団塊世代であり、ピースボート側に対し責任を追及し、訴訟の構えを見せた。これに対しピースボート側も「名誉毀損である」として高圧的な態度をとり、批判的な内容のアンケートを妨害するなどした。
 運営側と年配者の関係が悪化する中、「セカイ型」を中心とする若者層がとった態度は年配者への批判だったという。両者の対立を「夫婦げんかを見ているようで悲しい」と嘆き、一触即発の際には多くの若者が泣き崩れすらしたという。「文化祭型」の若者も「みんなが楽しくやっている雰囲気をどうして壊そうとするのか」として年配者を非難し、運営側の肩を持った。

 こうした点に「内面と社会を切り離して考える」昨今の若者の特徴が出ていると古市は指摘する。何度もピースボート側と対話を繰り返し待遇の改善を訴える年配者に対して、「想いが世界を変える」というニューソート思想の末裔である彼らは政治的なアクションによる感情の対立それ自体を嫌悪する。空気を読まないことは悪であり、「想い」が届かない相手に対しては対話や討議によって妥協点を見つけようとするのではなく、一方的に悲しんで終わってしまう。若者が年配者を呼んでの「討論会」は一度開かれたが、結局それは自分たちの「想い」を一方的にぶつける場になってしまい、討論としての機能は果たしていなかったという。これは論理や言葉でなく、感覚によって共同性を構築しているがゆえの、異質なものに対する不寛容さの顕れといえる。

「セカイ型」の若者たちは「憲法を守ろう」と踊りながら、Tさんたちにコピー機を使わせないピースボートに疑問を抱かず、むしろTさんたちに嫌悪感を抱く。それは自分たちの「感覚の共同体」を侵されたという意識を持つからと考えることができる。論理や言葉ではなく「感覚」でつながった関係性は、いくら強固に見えても不安定で脆弱なつながりである(Sennett 1976=1991、土井 2003)。なぜなら言語的な観念を媒介しておらず、内発的な衝動や感覚に基づいた関係には、演技空間という弛緩地帯が存在しないからだ。
 だから自分の振る舞いに対して非難が加えられるとそれは儀礼的な意味を一切持たずに、存在それ自体の否定と感じてしまう。ピースボートに同一化している彼らにとって、Tさんたちの抗議は、自分たちが否定されたのと同じ意味を持ってしまったのではないだろうか。

(P181)

 ここに左翼団体としてはじまったピースボートの政治性の希薄化、カジュアル化が指摘できます。つまり彼らにとっての「世界平和」とは叶うはずのない理想、曖昧な理念であり、共同性維持のための「ネタ」にすぎません。曖昧であり、叶わないからこそ共同性の維持が可能なのです。古市はアンケートから浮かび上がる若者像として、不確かな「自分らしさ」を補うために共同性に寄り添い、共同性に亀裂の入る可能性がある「勝ち負け」よりも「一緒に盛り上がる」ことを重視する、そして「一緒に盛り上がる」ためには自分というものは一貫していなくてもいい、という現代的な姿を提示しています。要するにここでは承認の欠如を埋めるために、「歴史」や「日本」の代わりとして「世界」が召喚されているのです。


ワールズエンド・ガーデンとノブレス・オブリージュ

「共同性」が「目的性」を「冷却」させてしまうのではないかというのが本書の仮説である。つまり、集団としてある目的のために頑張っているように見える人びとも、次第にそこが居場所化してしまい、当初の目的をあきらめてしまうのではないか、ということだ。

(P46)

 ピースボートから帰国した若者たちはルームシェアやホームパーティーなどを頻繁に開くようになり、帰国後もピースボートで得られた関係性を維持しているといいます。その一方で世界平和に対する興味は薄れ、憲法9条ダンスを踊っていたメンバー達もそういった話はしなくなったということです。それは冒頭で示したように承認の欠如を埋めるための「世界」という「目的性」が冷却され、成果物である「共同性」としてのコミュニティ=承認が残ったということでしょう。その意味でむしろ当初から目的は承認であり、それは達成されたのかも知れません。「承認の箱舟」が辿り着いたのは温々としたムラだったのです。

 古市が語るように、近代というのは本来ムラ的な地縁・血縁の共同性(コミュニティ)から、結社や企業などの目的性(アソシエーション)への移行期として期待されたはずでした。しかし実際にフタを開けてみれば、過剰流動性による「現代的不幸」によって承認の欠如に曝された若者たちは、目的性に寄り集うかに見えてその実無目的なムラを再構成したのです。ピースボートの若者たちが形作ったような現代の再帰的なコミュニティは、社会学の用語で「ポストモダン・コミュニティ」と呼ばれるそうです。近代の後に来たのはポストモダン(虚構)でした。

 余談ですが、こうした「目的性の冷却による共同性への着陸」というのはここ数年サブカルチャーで猫も杓子も言われているテーマであり、個人的にはやや食傷気味で昨今の同時代的な作品を敬遠しはじめています。たとえば岡田麿里がアニメの脚本を担当した『とらドラ!』はこの典型例であり、このタイプの作家である羽海野チカの物語には共同性によって目的性を包摂する限界を感じます。浅野いにおの作品が憂鬱なのは、この閉塞感をはっきり意識しながらも他に選択肢が無いからでしょう。

関連記事:岡田麿里脚本のノれなさについて ―アニメルカ、girl!、とらドラUST―

 こうした僕の意識に被るのが、「現代的不幸」を抱えながらピースボートの「共同性」にコミットできなかった「自分探し型」の若者です。ピースボートの目的性に失望してコミュニティと距離をとった彼らは、帰国後も自分探し=目的性を維持し続け、ワーキングホリデーなどに参加して自分探しのリターンマッチを繰り返しているといいます。古市は「セカイ型」が「冷却」を果たし、「自分探し型」がリターンマッチを行うという事実は、「現代的不幸」が社会的承認ではなく、「共同性」の提供する相互承認によって慰撫できるものであることを示しているとしますが、これにはやや異論があります。というのも古市の見方というのは「非リアだから政治運動なんかやっているんだ。共同性に落ち着くのが正解なんだ」という視線を暗黙のうちに含んでいるように思えるからです。しかしそう単純ではないことは古市も後述しています。

ピースボート帰国後の若者たちは、低賃金で不安定な労働に就いている人も多い。彼らは労働市場から見れば「良い駒」である。安いお金で働いてくれるし、しかも労働環境を変えようというユニオンなどに入る可能性もあまり考えられない。だって、仕事場の外にはピースボートで生まれた温かいコミュニティがあるのである。別に社会に不満を抱いている訳でもなく、日々幸せに過ごしている。
 体制側から見たら、こんなにいいことはない。「現代的不幸」を感じながら、勝手に200万程度のお金を払ってピースボートに乗り込み、コミュニティを自分たちで作り、安価な労働力として、反抗もせずに社会を支えてくれているのだから。「共同性」が「目的性」を冷却しムラができるだけなら、革命なんてのも起きそうにない。そう、「承認の共同体」は再配分の問題(経済的格差)を覆い隠すし、しかもなかなか政治運動へも発展しないのである。

(P263)

 要するに「承認の共同体」はそのまま貧困問題、やりがいの搾取につながっているのです。団塊世代のように交渉の余地を持たず、泣き崩れることしかできない彼らのコミュニティが持続的なのかは、本田由紀も指摘するように疑問を持たざるをえないでしょう。

 この本の発見を気取って書くと以下のようになる。
(1)「共同性」だけを軸にした「目的性」のない共同体が存在すること
(2)その「ポストモダン・コミュニティ」(Delanty 2003=2006)は社会統合の基礎にもなり得ないし、社会運動との接続性を担保するものではないこと
(3)それは承認の正義(Fraser 1997=2003)を担保する共同体ではあるものの、「目的性」の「冷却」によって経済的再配分を求める闘争に転化する訳ではないこと

(P264)

 ここにきて僕が思うのは、自分が見てきた数々のコミュニティ(アソシエーション)のことです。東浩紀クラスタ、カオス*ラウンジクラスタ、アンチカオスクラスタ、pixiv絵師クラスタ、建築クラスタ、keiちゃんクラスタ、隅の会。Twitterで数々のクラスタ(これはコミュニティよりさらに緩いですね)を観察してきましたが、そのすべからくにピースボート的な承認と目的性の問題がまとわりついているように思います。その中には高い理想を掲げるものもありますが、上記のような理由で僕はその達成には懐疑的です。否、そもそもメンバーがそれを本当に望んでいるのかという問題もあります。

そもそも正社員への道も閉ざされている非正規労働者や、企業社会の外で働く人に「やればできる」と言ったところで、彼らには「やるべきこと」がない。もちろん、英会話の勉強をしたり、ワーキングホリデーに行ったり、アートイベントを開いたり、起業を目指したり、自分を高めてくれるように見えることは、この消費社会にたくさん用意されている。
 だが、「その先」までは用意されていない。中途半端な語学力や芸術的スキルは、ほとんどの場合、就職やキャリアアップにつながらない。起業して成功できる人なんてほんの一握りだ。
 もちろん、彼らは「好きなこと」をやっている時点で自己責任だとも言えるだろう。でも、僕はその半分は社会の責任だと思う。蜘蛛の糸のような資格制度しか整備せず、みんなが夢見る仕事には宝くじを当てるような確率でしか就けないのに、「夢を持て」「夢をあきらめるな」「やればできる」だなんて。そもそも、まともなキャリアラダーがないために、「このままではいけない」と感じる若者たちが、やたら「海外志向」や「クリエイティヴ志向」になっている可能性もある。社会が、希望難民を生んでいるのである。

(P267)

 僕自身こうした希望難民の1人であるし、その意味でこうしたムーブメントや目的性には他人事じゃなく真剣に考えてきたつもりでした。必然僕のコミュニティに関わる姿勢というのは批判的になり、その結果ピースボートの「自分探し型」の若者と似た経路を辿ってきたと振り返れるように思います。おそらく僕や彼らはそれぞれの集団の標榜する理念のすばらしさを十分に理解しているでしょうが、同時にその達成の困難さも身をもって感じてもいます。僕はいまだに稼げていません。

 古市は「「居場所」にしか希望がない社会が健全だとはとても思えない」としつつも、それを変えるとしたらエリート主義しかないだろうと結論します。結局は烏合の衆でしかないコミュニティに目的性をインストールできるとすれば、それは統率するリーダーの意志しかない。つまりは「ノブレス・オブリージュ」です。

 ギャルサーを例に挙げたが、「共同性」を維持しながら「目的性」を失っていないように見える団体は多くの場合、冷静で聡明な(できれば「人間味」があって時に「お茶目」な)「エリート」が率いているように思える。彼らは「共同性」に甘んじることなく孤独な闘いを続けている。
 社会全体で見ても、運動体規模で見ても、共同体をただの「居場所」だと考えず、「目的性」の達成のためなら冷徹になれ、だけど対外的にはお茶目な「エリート」が、社会を変えていくしかないと思う。
 そもそも「あきらめろ」と言ったところで、やる人はやる。たとえ1人でも。

(P273)

 ここで思い出されるのがアニメ『東のエデン』の滝沢です。彼はリーダーでしたが、結局東雲のように冷徹にはなれず、ニートを切り捨ててエリート主義に走るということをしませんでした。そのため『東のエデン』という作品の目的性は冷却されて、共同性に堕してしまったように思います。あれは僕にはフィクションに見えません。

関連記事:ニート的なるもの 『東のエデン劇場版 I The King of Eden』

 僕自身はエリート主義には独断的な部分で批判もあり、あまり賛成しないのですが、かといって集合知の無責任さというのも救えないな、とこの本を読んで残念な気分になった次第です。まあ「自分探し型」としては、孤独に自分の成すべきことを成すしかないのかな、というのが個人的な落としどころですね。

 最後に解説の本田由紀の檄文から。

いろんな生き方があっていいし、どんな生き方であっても「絶対こうでなきゃ」とか思う必要はない。とにかく今を生き延びること。そのために必要なら、時にはあきらめたふりをし、時にはあきらめたくない何かに出会って追いかければいい。すべては途中なのだ。だから、とにかく使えるものは――目的性だろうが共同性だろうがセーフティネットだろうが――何でも使って、じたばたと生き延びること。そのためには、何が使えそうか、そのときそのときでもっとも使えるものは何か、ちらちら横目で見ながら選択肢の「溜め」(by湯浅誠)を作っておいたほうがいい。そしてもちろん、為政者を含めて「社会を良くしていく」責任を担うべき/担いたい者が、そうした選択肢の「溜め」を社会の中に整備してゆくことが必要なのだ。

(P305)
  1. 2011/09/23(金) 20:55:00|
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ぐちゃぐちゃに出来上がってしまっている世界 戦後建築史

思想 2011年 05月号 [雑誌]思想 2011年 05月号 [雑誌]
(2011/04/30)
不明

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 『思想』の伊東豊雄、山本理顕対談を読みました。
 バルセロナでは「建築が社会を変えること」が期待されていると言う伊東。ラテン・ヨーロッパの国々にはこうした気風があるという。近代建築の始祖であるル・コルビジェは、キュビズム由来の芸術としての側面と、社会変革の側面を重ね合わせて建築を作ろうと取り組み、伊東ら後進の建築家もその精神を受け継いでいるのだと言う。

 コルビジェのアトリエは前川國男、吉阪隆正、坂倉準三という3人の日本人建築家を輩出しており、日本の建築にも直接的な影響を与えた。特に前川はコルビジェから学んだモダニズムを用いて多くの公共建築を手がけ、公共性に関わる提言を行った。前川は「社会性」を主張し、「市民の主張を叶える」のが建築家であるというスタンスを明快に打ち出していたという。

 しかし前川から丹下健三の時代になると、日本において建築家の役割が変化してくる。つまり1950年代後半から60年代(昭和30年代)の経済成長と相俟って、「社会を変えること」よりも「未来のビジョンを示すこと」の象徴的な側面に役割がシフトする。それは64年の東京オリンピック、70年の大阪万博を頂点とし、現在の中国のような状況だった。

 丹下はこの時代「東京計画1960」という都市ビジョンを発表し、「東京湾を横断する巨大インフラを作り、そのインフラからさらに小さなインフラが枝のように広がって、あらゆる施設がそのインフラに接続される」というインフラを主幹とする徹底的に標準化された都市像を描いた。このようなビジョンが60年代の思想だったと言えるだろうし、この時代に活躍していた若手のメタボリズムの発想もこの文脈に則していたといえる。またたとえば、丹下はこのような都市集中のビジョンだったために田中角栄の地方分権路線とは相容れず、政治には食い込めなかったとされているが、田中の『日本列島改造論』もインフラを主幹とする標準化された都市モデルという意味では、丹下の東京計画の変奏だと言えるだろう。このようなモデルは後に「大都市と同じものを地方にも「ワンセットでそろえる」という政策が、過去30年間日本中で実現されてきたのだ!その結果、生まれたのがファスト風土だ」と三浦展に批判されるように、郊外化を引き起こす要因となるのだが、この時代においてはまだ行政官僚制を主軸とする標準化された近代社会像が素朴に信じられていたということだろう。万博で実現した丹下の「お祭り広場」は、このようなインフラの思想を体言していた。

 このような標準化の思想は、むしろコルビジェ同様に近代建築の起源とされるミース・ファン・デル・ローエに近似してくる。ミースは均質な構造体が内部空間のあらゆる機能を許容するという「ユニバーサル・スペース」の提唱者であり、現在林立しているような高層オフィスビルのフラットな空間の生みの親だが、伊東によれば彼は「建築は形態ではない、建築は時代の意志を空間に反映するだけだ」と語ったという。その言葉どおり、ミースのユニバーサル・スペースはグローバル化の意志を反映して世界中に広まり、日本においても丹下や田中に代表されるまでもなく標準化によってフラットな空間が普及していった。

 山本はコルビジェとミースの違いについて、「芸術家と仕立屋」という表現を用いて解説する。それによれば先に述べたように、芸術家が個の創造的な発見によって社会を変えることを志向し、暮らし方としての空間の新しさにこだわるのに対し、仕立屋は社会の要請に応えて市民の主張を叶えることを重視するために、最終的には経済原理に任せて“なんとでもなる”ユニバーサル・スペースに辿り着く。こうした「コルビジェ/ミース」「芸術家/仕立屋」という対比は、現代の「アトリエ設計事務所/組織設計事務所(ゼネコン)」という問題系にまで連綿と続くものだ。

 70年に万博が終わると、前年の大学闘争なども相俟ってこうした未来への期待も霧散する(三島由紀夫の割腹自殺も70年)。それは端的に言えばユニバーサル・スペース(郊外化)の憂鬱との出会いだろう。『日本・現代・美術』において椹木野衣が指摘した、反動としての「ハンパク(反万博)芸術」の気分に建築も遅れて突入していくように見える。

 60年代に「都市デザイナー」を自称していた磯崎新はこのころ「建築に未来はない」と語り、夢の終わりを印象づけた。70年代に設計活動をはじめた伊東は大層磯崎の影響を受けたと言う。オイルショックの経済停滞なども重なり、建築は内向してゆく。都市から撤退し、「芸術」「アナーキズム」「内向的」「住宅」などが主要なタームとなる。ミニマリストの篠原一男は「都市に背を向け、小さな住宅の中で閉じたユートピアを作ることだけが建築家に可能だ」と語り、安藤忠雄は「住吉の長屋」で日本建築学界賞を受賞した。同時期に伊東も「中野本町の家」という中庭型の住宅を発表して、安藤らとともに外に閉じて中庭に開くタイプの個人住宅のさきがけとなる。しかし伊東によれば「(建築は)食えない」という自分の状況が内向に向かわせた側面もあり、公共建築を手がける磯崎にジェラシーを感じていたという。

 一方磯崎は「つくばセンタービル」(写真→)など、80年代にかけて隆盛する「ポストモダニズム」の体現者となっていく。ポストモダニズムはその名のとおりモダニズムの「標準化」的な思考に対する批判として現われたわけだが、伊東によれば磯崎らポストモダニズムの建築と言うのは、結局のところ「標準化」されたプランに対する抵抗を諦め、歴史的なアイコンによって表層を飾り立てるものに矮小化していく。日本ではそのころちょうどバブルだったこともあり、ポストモダンの派手派手しい建築は経済成長のアイコン=いわゆるバブル建築として日本全国に建設される。しかし外見に反して内実は「標準化」されたユニバーサル・スペースでしかないそれは、三浦展が指摘するように個性や創造性を誘発するような「建築」ではなかった。
 後に宮台真司が述懐するように、バブルの文化を主導したのは70年代の学生運動が下火になった後に成人を迎えた、彼ら「シラケ世代」だった。シラケ世代のメンタリティは「現実はつまらないが、(政治の季節も終わったので)現実は変えられない」というもので、その代償として以前は風俗街だった場所を資本投下によって「渋谷公園通り」というオシャレな街に読み替えるような「現実の虚構化」を行った。ポストモダン建築は、彼らの今で言えば「郊外的」な文化に仕立屋的に花を添えたものの、あらかじめ断念が折り込まれた文化が社会を変革することはなかった。

 これに対して伊東と山本はポストモダニズムの原義に立ち返り、その視点の意義を救出する。ミースの"Less is more(少ないことは豊かである)"に対し"Less is bore(少ないことは退屈である)"と言ったヴェンチューリの視点をもっと的確に表現する建築があれば、それはかなり豊かなのではないか。
 こうした考えから、彼らは「(ユニバーサル・スペースである)建築を外に開くこと」「インフラに介入すること」「「生活」という言葉でライフスタイル(社会)を考えること」などの思想を獲得して自分たちのスタイルを確立してゆくことになるのである。

山本 効率のいい建築に社会性があると勘違いするかぎり、建築家はただ表層をデザインするだけの仕事にならざるをえないし、建築家の思想がその効率に対抗できるはずがないと思う。そうではなくて、その建築が周辺環境や地域社会にどう貢献できるのか、という視点で考えると、建築家は発注者の利益だけを考える役割とは相当違ってきます。



 僕なりに彼らの建築家としての歩みをまとめるなら、それは「「公共建築」という枠組みとの戦いの人生だった」という風に括れるように思う。公共建築がかつて社会的使命を帯び、未来のビジョンを示す建築だった時代を経て、それらは標準化されたインフラの一部として埋没し、果てには悪しき行政官僚制の体現であるとして批判の的となる。伊東や山本が示している理念というのは、それに対する内側からの変革の処方箋だと言える。

 しかし、ここに根本的な疑問が2つあるのではないかと僕は思っている。それは、

1.そもそも社会を変えることが望まれているのか?
2.変えるとして、それが「公共建築」でなければならない必然性があるのか?


ということだ。1について、ユニバーサル・スペースの機能主義を変革するには、インフラ(枠組み)に介入し、建築を外に開き、新しいライフスタイルを提示するという発想そのものは、とても真っ当に思える。しかし、それをどれだけの人が望んでいるのかということに対しては、僕はナイーブにならざるを得ない。たとえば「建築を外に開く」ということは、どんなに工夫したとしても、熱効率や管理という機能主義的価値観では機能が劣るということに他ならないし、ゆくゆくはそれがコストに跳ね返ってくる。また、「○○っぽいものが欲しい」というように、人々が標準化(キャラ消費と言い換えてもいい)の欲望に抗い難いことは厳然としてあり、山本が公共建築の設計においてコンフリクトを起こし「多目的ホールは無目的ホールに堕落します」と言われてしまったのは、建築家が仕立屋以上の役割を求められていないことの証左であろう。これをラテン・ヨーロッパや日本の一部の個人住宅がそうであるように、「建築が社会を変えること」を期待されるようになるには、まず公共建築にかかっている行政官僚制(公務員)の圧力をいくらかでも和らげてやらなねばならないように思うのだ。

 話はやや脱線するが、日本のオタクカルチャーのクオリティーというのは、こうした標準化の圧力によって担保されていると言えるだろう。いわゆる「萌え豚」が買い支えると同時に「作画崩壊しない」、ある一定ベクトルでのクオリティーバブルを求めた結果生まれたのがアニメ『けいおん!』であり、ある一定の絵柄での洗練を求め短期間で萌え絵のクオリティーの底上げに貢献したのがpixivランキングである。オタクカルチャーに限らず、日本的細やかさの源泉になっているのはこうした集合無意識的な標準化への圧力である。伊東は「精度のよすぎる社会」としてこれらを批判するが、必ずしも欠点とは言えないことがこの問題をややこしくする。

 次に2についてだが、以上のように公共建築にかかる標準化の圧力はかなりのものである。そんな中であえて「公共建築」にこだわって社会の変革を目指す意味は何なのか。現実的な話をすれば、そうはいってもやはり公共建築がそれなりに自由度が高く、規模が大きく、自分の理念を示しやすいクライアントであるからに他ならないだろう。民間というのは資本の論理であり、建築家は資本の流れの中で表層のデザインに追い込まれながら仕事をせざるを得ない。
 しかし社会状況が逼迫する中で、公共建築だけが特権的に予算を優遇されるような環境には最早なっていない。したがって山本がそうだったように、公共建築に対して「社会に資しているか」、いやそれ以前に「標準化以上のものが求められているのか」という厳しい視点での追求がなされることは何ら不自然とはいえない。
 また、民間による資本の論理をマネーゲームとして見れば、それはサブプライムのように流されるのが危ういのは確かである。しかし、そうした資本の流れを「必要の用」として見るならば、たとえばショッピングモールやマンションに新しい公共や社会性を見ることも不可能ではない。むしろ磯崎やレム・コールハースが体現するような可能性の中心は、こちら側にあるように思われる。問題は、こちらはこちらで資本(価格)による「精度のよすぎる社会」に縛られていることである。

 この対談を読んで確信したのが、建築に対する争点というのが「変える/変えない」のみならず、その前哨戦としての「建てる/建てない」の時点から既にはじまっているということだ。仕立屋として標準化の設計に貢献するだけでは、決してこの「変えなければならない」と言う人と「変えたくない」と言う人がずれ続ける状況に介入できない。伊東や山本はネームバリューによって変えようとするだろうが、一方椹木が言うように「上から」の圧力に抵抗するときのこの国の下層中産階級のパワーにもすごいものがある。
 状況が変わるとすれば、それはむしろ変えようとして変わるのではなく天変地異で変わるのではないかという気がする。「3.11が人災である」という意味は、誰かが怠慢を起こしていたというよりは、私たちの社会の標準化圧力がそれだけ抗い難く、かつ大した根拠がないことが明らかになったということだろう。大塚英志は震災に共振して社会設計の不備を指摘する磯崎に嫌悪感を示したが、かといってそのまま元どおりに再建するだけの根拠もないというのが実情に思える。

 「私たちの目の前にあるのは、何かぐちゃぐちゃに出来上がってしまっている世界である」と言ったのは上遠野浩平だったと思うが、上遠野の描いた物語のように社会の変革が暗黙のうちに阻止されていくこの世界にも、やはり「ブギーポップ」が棲んでいるのかも知れない。


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  1. 2011/08/08(月) 02:40:00|
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前回の記事に関して

 一部で僕がカオス*ラウンジ関係者ではないかという話になっているようなので説明します。

 まず、僕がカオス*ラウンジの活動を手伝ったことについては事実です。特に隠してもいないのですが、「はめつら!」展示会場の人と仲が良かったので、個人的に雑用として手伝いました。

 次に、僕はカオス*ラウンジのメンバーではありません。カオスの作品は好きですが、関係者とはTwitterでほんの少し交流があるのみです。いわゆる取り巻きというのがぴったりでしょうが、かといって別に重用されているわけでもなく、向こうから何か連絡が来たこともありません。

 したがって、前回のカオス*ラウンジに関する記事はあくまで僕の個人的な感想であるし、そもそもあまりカオス*ラウンジに利がある内容とも思えません。記事について、「中立的な立場でよくまとまっている」という感想もいただきありがたいのですが、かなり祭り気味に広まったこともあってこのへんの僕の立場がよく伝わっていない面もあるかと思います。それは僕としても本意ではありません。

 以上ご理解ください。


関連記事:カオス*ラウンジは日本現代美術の優等生であり、pixivは悪い場所の現在形であること。
  1. 2011/08/03(水) 22:04:00|
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カオス*ラウンジは日本現代美術の優等生であり、pixivは悪い場所の現在形であること。

戦後の日本において、問題は吟味され、発展してきたのではなく、忘却され、反復されてきたということ、そして、いかなる過去への視線も、現在によって規定され、絶え間なく書き直されている以上、過去を記述する条件として現在を前提にせざるをえないということを挙げておく。
(P25)


日本・現代・美術日本・現代・美術
(1998/01)
椹木 野衣

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関連記事:カオスラウンジによる、pixiv公式企画『pixiv×第七回博麗神社例大祭』受賞作品の無断商用利用まとめ

 たまたま『日本・現代・美術』を読んでいたらカオス*ラウンジが炎上したんですが、果たして今回の騒ぎに乗っかっている人でこの本を読んでいる人はどれくらいいるんだろう、という感想を持ちました。
 日本の美術界が歴史を忘却した「悪い場所」であり、海外と隔てられた「閉じられた円環」を形づくっていることを指摘した本書は美術界では大変評価の高い1冊ですが、この本を読むとカオス*ラウンジが如何に日本の戦後美術の寵児か(もちろん悪い意味でも)ということが分かるし、彼らの活動、および騒動のことごとくに前例があることが指摘できます。そして冒頭の言のように、それすら忘却されている現状があるのです。

パクリ

絶対的な価値の根拠から切り離された近代人の本性を、その「彼方」としての「ポストモダン」状態にまで推し進めることによって、すべての人と事象とを問わず、本物(オリジナル)とか偽者(コピー)とかいった不毛な二元論を超え出た怪物(シミュラクル)に「生成変化」させることを提示し、そのためにはあらゆる現象が、自在に採取(サンプリング)や分断(カットアップ)、そして反復(リミックス)できる原子素までに一様に分解されることを提案した
(P18)


 椹木はこのような概念を「シミュレーショニズム」と呼びますが、これは10年代の私たちにとっては直感的に理解できるでしょう。つまり二次創作のことです。ニコニコ動画などでは、主に東方やボーカロイドのキャラを媒介とする二次創作が盛んに行われていますが、これらは初音ミクなどのキャラを核としながらも、ただのオリジナルのコピーに留まらない多様な魅力を発揮しています。カオス*ラウンジの想像力はこうしたデジタル世代の複製文化――ニコニコ動画やDJのサンプリング――に根ざしており、それに染まった人間の在り方を現代アートに提示しているわけです。

 今回、梅ラボがpixivの他人の作品を無断で素材として使用し、さらにそれにpixivの組織的関与が疑われて炎上しましたが、その結果カオス*ラウンジ作品の「踏み絵」や「水掛けアート」などにも飛び火して非難が集まりました。これらの非難は概ね「他人の作品を切り刻むなんて許せない」「作品に愛がない」「ただのコピペじゃないか」といったものですが、ある意味その反応自体は想定内といえます。むしろ一般人が現代アートを観たときのテンプレといえる。

現代美術の無根拠性

近代において芸術は、キリスト教美術がそうであったような意味では、価値を決定する根拠を喪失している。根拠を喪失しているとここでいうとき、わたしが含めていっているのは、芸術が成立するための根拠それ自体を問うことが近代芸術の条件であるのはもちろんのこととして、それに加えて、体系の体系性は根拠に据えた前提の絶対性にあるのではなく、いかなる恣意的な前提もそれを扱う一定の手続においては十二分に根拠足りうるという、形式化の問題が前面化したということである。
(P38)


 価値の自明性に疑いを差し挟まないことが近代以前だとすれば、それ以後の社会は複雑化していると言えるでしょう。美術においては写真の登場や、デュシャン、ピカソ、ポロックらの活躍が大きな転換点となりました。その転換とは総じて「がんばって絵を描くことには意味がない」というものです。リアリズムの追求ということであれば写真のほうが遥かに優れているし、デュシャンは工業製品の便器ですら美術館に飾ればアートたりえてしまうという「アート」の枠組みそのものを問いました。ピカソはキュビズムで現実的な遠近法を放棄して平面に立体を描き、ポロックはキャンバスに絵の具を垂らすことで「描かないで」表現しました。このように「根拠それ自体を問うこと」が現代アートという「ゲーム」(村上隆)の条件となっているわけです。こうしたゲームのプレイヤーとしてはカオス*ラウンジは優等生であり、かつpixivの萌え絵と違ってアートマーケットで作品を発表するという手続きを踏んでいるので、(ゲームの前提自体がアレだとしても)現代アートたりうるのです。

 したがって同人界隈の「他人の作品を切り刻むなんて許せない」「作品に愛がない」「ただのコピペじゃないか」というカオス*ラウンジ非難は、カオス*ラウンジ単体にとどまらず現代アート界全体に対する嫌悪の表明となるでしょう(この関係はリニアであり切断はあり得ない)。しかしそれは諸刃の刃であることを非難する側は自覚したほうがいい。なぜならば、それらが根拠とする日本近代美術や日本近代文学、オタク文化といったものが、もとを辿れば近代化の折にフェノロサや北村透谷らによって強引に作り出された(起源の捏造)、あるいは敗戦後の欧米化のなかで奇形化した「滅茶苦茶、ばらばら、アンバランス」なものであり、その無根拠さを忘却した欺瞞こそを現代アートは攻撃しているからです。したがってそれらが体現する「美」というのも客観的には無根拠であり、現代アート同様に手続きの問題に還元されてしまうのです。

美とは忘却に基づくものだといってよい。多様の物事が生起する共生状態を忘れること、おのれの内面のとば口に刻まれた深い分裂の傷を忘れること、自分が生まれ、食らい、死ぬ場所が群島であるということを忘れるまさしくそのとき、それら「醜」の要素に代わって「美」が立ち現われるのだ。いずれにせよそれは、トンネルを抜ければそこに、別の人、別の文化、別の言語ではなく、雪国という仮想現実(ヴァーチュアル・リアリティ)を捏造してしまう「美しい日本の私」を生み出すことになるだろう。
(P73)

根拠を要することなく生きていくことが近代人の条件であるというのは嘘で、正確にその条件とは、根拠を要することなく生きていくことが近代人の条件であるにもかかわらず、だれもそのような宙づりに耐えることができないという二律背反なのである。
(P19)



犯罪性とアート 赤瀬川裁判
 同人界隈の狭い見識はさておき、カオス*ラウンジの作品には著作権侵害の問題が残ります。これについては赤瀬川原平の「千円札裁判」が先例になるのではないかと思われます。
 椹木によれば、1960年代に赤瀬川が千円札を印刷したものをアート表現として用いたものが裁判沙汰となり、最終的に最高裁で上告棄却され有罪が確定しますが、この裁判では芸術と法律の位相が争点となりました。結局「『本件模造紙幣』がどのような芸術的評価をうけようとも、それは『既に犯罪既遂後のいわば情状というべきもの』で、『仮に本件模造千円札の製造行為が芸術行為であるとしても、憲法の保障する自由は無制約ではなく、その濫用が禁止された公共の福祉の制限下に立つものである」として、つまり芸術であろうがなかろうが犯罪は犯罪なので有罪となったわけですが、逆にいえば当たり前ですが、犯罪性の有無が芸術性の有無を規定するわけでもないでしょう。

 そもそもなぜ現代アートが犯罪まがいの事件を起こすのかといえば、それは制度としての美術館を否定しているからです。この頃の赤瀬川らは「反芸術」と称して街頭でのパフォーマンスを繰り返していましたが、それは美術館というシステムを批判したという意味でデュシャンの問題系に連なるものだし、安全な箱庭の中で起源を忘却した「芸術」に対するアンチだったのだと言えるでしょう。そのため彼らの活動は街頭に出て、しかもいかにもそれらしくイーゼルを立てることでも、ハナから芸術と程遠い無差別テロを行うことでもなく、その中間領域の微妙な「偽札」や「清掃」などのどっちとも言い難いパフォーマンスを行うことによって、いまだ不確定な芸術/非芸術の境界をめぐる「不在の芸術」を探求していました。椹木によればこうした赤瀬川の活動は、デュシャンの文脈に加えて偽札などに顕著なように、国家による権力の無根拠さ(紙幣制度自体が国家という幻想に担保されている)すらも指摘するものだったのです。

 そしてこれらの赤瀬川の活動とカオス*ラウンジの活動は完全にオーバー・ラップするものです。「アーティストではない(ギークだけど)にも関わらず、アートに目覚めてしまった」という彼らの活動は、美術館ではなくネットを基盤にしているという意味でも、著作権という権力の欺瞞を指摘していると言う意味でも、(それが犯罪であろうがなかろうが)「不在の芸術」を探求していると言えるでしょう。

騒動とアート
 今回の炎上のような「祭り」をカオス*ラウンジはくり返してきていて、それ自体「炎上マーケティング」じゃないかと揶揄されていますが、同時代を生きる村上隆やChim↑Pomなどの活動を見ても、既存の体制の欺瞞を指摘するという性質上、ことあるごとにあちこちで問題を起こすというのは現代アーティストの宿命のようです(福嶋亮大はレディー・ガガをコマーシャリズムを批判するアーティストとしてカオス*ラウンジと比較した)。

 こうしたアーティストの騒動性というのは、近代における日本の芸術黎明期にまで遡れるといいます。日本の前衛芸術はのちの昭和のテロリストたちと同様に、大正期の民衆運動の中から誕生したのではないかと椹木は指摘します。この両者に共通するのは、「上から」のお仕着せの芸術や国粋主義への抵抗として下層中産階級による民衆運動が組織され、そうした民間芸術団体や右翼が「騒動(ハプニング)」を武器としたという点です。そしてその根底に流れていたのが、近代に抵抗する前近代的な仏教思想と、それが近代をすっ飛ばして超国家的な共同体(大東亜共栄圏?)を志向するウルトラ・モダニズムだと言うのです。日本のダダイズムは起源において、このように前近代と後期近代(ポストモダン)が近代(モダン)をキャンセルして結合するという奇妙な誕生の経緯を持っていました。
 このねじれは、騒動性とともに日本の前衛のなかに受け継がれていきます。たとえば戦後の前衛の祭典として名高い「読売アンデパンダン」は、反芸術の実験場として破壊の限りを尽くしたとされますが、それを読売が支えきれなくなって中止になると同時に反芸術の熱も霧散してしまいます。つまり本家フランスのアンデパンダンが近代の超克を目的として継続していったのに対し、日本のそれは結局は近代資本の制度に甘える前近代的な群衆に過ぎなかったという指摘です。

 このような状況は、東浩紀が「動物化するポストモダン」として指摘するように現代においても簡単に指摘することができます。pixivというシステムに依存しながら、ひとたび問題が起こると文句を垂れながら右往左往する「群集」はこの国の民衆像として非常に既視感を覚えるし、またカオス*ラウンジもこうした悪い前衛性を「閉じられた円環」の中で繰り返している――その意味で忠実に「日本的」であると感じます。

本来ならば人のまねをしてでも、近代芸術の原理を地道に習得し、その内部から作品を再構成すべきところを、いきなり近代の超克を使命としていいわたされた若者たちにできることといったら、あらゆる総花的なアイディアを総動員して繰り広げられるテロリズムの文化形態のほかに、いったいなにがあっただろうか?
(P197)



まとめ
 村上隆のカオス*ラウンジに対するテクニカルな批判はこの点につきるように思います。つまり、日本の前衛の悪癖として見られる近代を経ていないが故の適当さと、それに伴なうクオリティーの低さです。昨今の村上はクオリティー重視であり、本人が渡米して変わったと言うように日本の前衛の文脈とは離れているように思います。

 今回『日本・現代・美術』を読んでみて、指摘した点以外にもカオス*ラウンジに共通する点がたくさんありました。出自から考えても黒瀬陽平はこの本を重要なテキストとして参考にしていたように思えるし、天井桟敷を例に出していたことからもこうした日本的前衛を目指していたのではないかと感じました。
 その試みは半ばまでは成功したのではないかと僕は思いますが、著作権問題で躓いて赤瀬川と同じ運命を辿ることになったというのは皮肉といえば皮肉です。
 「仁義」とか「倫理」とか僕は大嫌いだし、そういう批判はナンセンスだと思うのですが(だってそういうこと言うヤツが倫理的だった例しが無い)、そういう日本的大衆の残念さに日本の前衛自体が立脚している構造的問題があるんだな、とこの本を読んで感じました。


関連記事:東方ProjectのZUN氏が現代アートについて(少しだけ)興味を持った事と、その周囲の反応


 ZUNがこの件に関して少しだけ言及しているのですが、既に指摘もあったようにこれにはカオス*ラウンジと東方同人を選別して切り分け、東方同人だけを保護するという意図を感じて何だかなぁ…と思いました。
 僕はそれよりも歴史を忘却した「悪い場所」の表現としてはこちらのほうが好きです。

幻想郷は外の世界の恩恵に身を委ねているから自由気ままに暮らせているのだ。その事は、外の世界の品を扱っている僕だからこそよく判る。
 自分たちは幻想郷に閉じこもりながら、外の世界から都合の良い物だけを受け取り、自立している振りをしている。それは、もし外の世界が滅べば幻想郷は道連れになってしまうという事を意味している。その上、幻想郷にいては外の世界に影響を与えることも出来ない。幻想郷に住む者たちが外に出て行かず小さな場所で生活しているのは、それが一番楽である事が判っているからだ。

(『東方香霖堂』)


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  1. 2011/08/02(火) 01:57:00|
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